4月22日の河北新報「蔵王のアオモリトドマツ、立ち枯れ拡大 キクイムシ食害原因か」の記事は、国立公園や国定公園などの森林保護が想像以上に厄介な問題を抱えているらしいことを改めて感じさせる。
筆者がそう感じたのは、仮に樹木の保護を例に取れば、蔵王国定公園の樹木の保護や維持管理の責任の所在がどこにあるか、そうはすっきりとしない厄介な問題、おそらくは縦割り行政、があるように思われるからだ。そうは書いていないが、記事の歯切れの悪さがその辺りを物語る。
記事には「東北森林管理局は本年度、自生する苗の移植や採種といった再生事業に着手する」とある一方で、「現地は蔵王国定公園の特別保護地区で、被害を受けた木は薫蒸や伐採ができない。他の生態系に影響を及ぼす恐れがあるため、防虫対策も打てないという」とある。
ということは、同管理局は「アオモリトドマツの種まきや苗の栽培のほか、自生する苗木の移植を試みる」ことはするが、「キクイムシが入り込んだ可能性が高い」ことが判っていても、「立ち枯れが広がっている」トドマツそのものには手を付けられないということだろうか。
そこで記事に登場するキーワードを基に当該の官庁や法律の所管を調べてみた。(太字は筆者)
先ず東北森林管理局。これは農林水産省の外局の林野庁の組織で、内部部局(林政部、森林整備部、国有林野部)、審議会等、施設等機関、地方支部局(森林管理局の下に北海道、東北、関東、中部、近畿中国、四国及び九州の森林管理局)とある内の地方支部局の一つだった。
同管理局のホームページには重点取り組み事項として「森林の公益的機能の発揮と林業の成長産業化」と書かれている。
< 背景/課題 >
森林は、国土の保全、水源の涵養、地球温暖化防止、生物多様性保全などの公益的機能のみならず、木材等の林産物供給機能も有しており、これら森林の多面的機能を発揮するためには、適切な森林整備を推進するとともに、現地の状況に応じた多様で健全な森林をバランス良く配置することが望ましいとされています。一方、日本の人工林の多くが本格的な利用・更新期を迎えており、この充実した森林資源を循環利用して「林業の成長産業化」を実現するためには、林業の低コスト化のみならず国産材の安定供給体制の構築、新たな木材需要の創出などが必要です。
地球温暖化防止や生物多様性保全など今流行りの文言がちりばめられてはいるものの、やはり「森林資源を循環利用して『林業の成長産業化』」を主な目的にしているようだ。筆者は実に好ましいと思う。山が豊かなら海も豊かといわれる。全国の森林管理局にはさらに一層頑張って欲しい。
次のキーワードは国定公園の特別保護地区だ。記事に「被害を受けた木は薫蒸や伐採ができない。他の生態系に影響を及ぼす恐れがあるため、防虫対策も打てない」とある地区だ。
根本の法律は自然公園法。所管は環境省だ。この法律は、自然公園を、国立公園、国定公園、都道府県立自然公園の三種に体系化、それぞれの指定、計画、保護規制等について規定している。その第一条、第十三条及び第十四条は以下のようだ。
第一条 この法律は、優れた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図り、もつて国民の保健、休養及び教化に資することを目的とする。
第十三条 環境大臣は国立公園について、都道府県知事は国定公園について、当該公園の風致を維持するため、公園計画に基づいて、その区域(海面を除く。)内に、特別地域を指定することができる。
第十四条 環境大臣は国立公園について、都道府県知事は国定公園について、当該公園の景観を維持するため、特に必要があるときは、公園計画に基づいて、特別地域内に特別保護地区を指定することができる。
環境庁が所管するとあって「自然の風景地」の「保護」が目的だから、「林業の成長産業化」が主目的の森林管理局の仕事との折り合いを、日々現場でどうつけているのだろう、結構厄介なのではあるまいか、というのが冒頭の筆者の懸念だ。特定の課題に対する農水省と環境省の方針をどう整合させるのか。
「特別地区」と「特別保護地区」のネガティブリスト、すなわち「国立公園にあっては環境大臣の、国定公園にあっては都道府県知事の許可を受けなければ、してはならない」ことのうち、本件に関係しそうな事項は次のようだ。「」付きは「特別保護地区」にのみの追加事項。
・木竹を伐採すること
・「木竹を損傷すること」
・「木竹を植栽すること」
・高山植物その他の植物で環境大臣が指定するものを採取し、又は損傷すること
・「木竹以外の植物を採取し、若しくは損傷し、又は落葉若しくは落枝を採取すること」
なるほど厳しい。これでは、必ず木を損傷するから、キクイムシのほじくり出しや損傷部の剪定も出来ず、キクイムシが木を損傷するのを傍観するしかない。が、記事には管理局は「アオモリトドマツの種まきや苗の栽培のほか、自生する苗木の移植を試みる」とあるから、その辺りは県知事の許可を受けたのだろうか。記事からは良く判らずもどかしい。
記事に従えば、先ず2013年にトドマツが蛾の食害を受け、そこにキクイムシが入り込み、2016年に山形県側で被害が確認され、2017年に宮城県側で立ち枯れが見つかった。蛾の食害発見からは6年、山形県側での被害確認から3年、宮城県側の立ち枯れ発見から2年がすでに経過している。
周知の通り蔵王国定公園は宮城県と山形県の二県にまたがっている。自然公園法で国定公園の特別地域は都道府県知事が指定するといっても、東北森林管理局は東北地域を一手に所管しているので、まさか両県の情報共有や意思疎通に齟齬があるとかいうことはあるまい。
生物多様性保全は大事だろう。が、国定公園の樹木が蛾の食害に侵され、入り込んだキクイムシがそれら樹木を軒並み立ち枯れさせても、キクイムシも多様性として保全されるべき生物として駆除しないという論がもしあるとすれば、それはやはり変だ。関係官庁には挙って知恵を絞り、直ぐに手を打って欲しい。
とはいえ筆者はまったくの門外漢、偶さか記事を読んで事態の深刻さに驚き、関係法令を調べ、問題の在処を想像したに過ぎない。もし読者諸兄姉の中にこういった問題に詳しい方がいらっしゃれば、是非とも投稿下さって、課題を共有し勉強したいと思う。どうかよろしくお願いします。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。