消えた金正恩氏のソウル訪問計画!

あれはいつ頃だっただろうか。北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長のソウル訪問がメディアで大きく報道されたのは。当方の記憶に間違いなければ、金正恩氏はソウルをまだ訪問していないはずだ。すなわち、韓国の文在寅大統領が夢見てきた金正恩氏のソウル訪問計画は取り消された可能性が高いわけだ。

いずれにしても、南北両サイドから「金正恩氏のソウル訪問」といった話はもはや聞かなくなった。公式にも何も報じられていない。だから、同計画はダメになったか、それとも遠い将来に延期されたのか、どちらかだろう。以下、その理由を考えた。

▲ワシントンでの米韓首脳拡大会議(2019年4月11日、韓国大統領府公式サイトから)

▲ワシントンでの米韓首脳拡大会議(2019年4月11日、韓国大統領府公式サイトから)

①金正恩氏を韓国に迎える際の最大の問題は安全対策だった。それが2月22日以後、金正恩氏のソウル入りは考えられなくなった。スペイン・マドリードの北朝鮮大使館を海外反北朝鮮団体「自由朝鮮」のメンバーが襲撃し、コンピューターや書類などを奪って逃げるという事件が起きたのが2月22日だ。北朝鮮大使館襲撃事件の背後には米情報機関関係者が関与していた疑いも出ている。

「自由朝鮮」は後日、世界に向かって、「われわれは北朝鮮の臨時政府だ」と表明し、3代続いてきた金独裁政権を崩壊させると宣言した。「自由朝鮮」は韓国社会にも脱北者のメンバーを抱えている。そのような状況下で金正恩氏がソウル入りしたら、自殺行為に等しい。賢明な金正恩氏は知っているはずだから、文大統領に会うためにはソウルを訪問しないだろう。

②韓国の世論調査社リアルメーターが22日公表したところによると、文在寅大統領への支持率は48・2%と、5週連続50%以下を続けている。韓国民の半分以上が文大統領の政権に不満を持っているわけだ。平昌冬季五輪大会時のような南北融和の雰囲気はもはや期待できない。ソウルを訪問したとしても、路上で南北の国旗を持って歓迎してくれるソウル市民の数は限られるだろう。大歓迎に慣れてきた金正恩氏は自身が歓迎されていないことを肌で感じるだけだ。文政権の動員力にも限界がある。「金正恩氏をソウルに招くより、国民経済の復興に努力せよ」といった声が国民の口から飛び出すだろう。ホストの文大統領の政治力が下降する一方、韓国内の保守派勢力が息を吹き返してきた。そのような時にソウルを訪問するのは危険きまわりない冒険だ。

③ハノイで開催された第2回米朝首脳会談後(2月27、28日)、朝鮮半島の非核化交渉では韓国の文政権と交渉したとしても意味がないことが一段と明確になった。文大統領は北側の「段階的非核化」、「行動対行動」を支持していたが、肝心のトランプ大統領は完全、検証可能で、非逆行な非核化を主張、それが実行されるまで制裁の解除もあり得ないと強い姿勢だ。文大統領の制裁の一部解除に応じる姿勢を見せていない。開城工業団地や金剛山観光業の再開も米国がOKを出さない限り、実現できない。交渉は米国とだけ意味がある。文大統領の米朝間の“調停役”については、金正恩氏自身が「不必要なこと」と強調したばかりだ。北側でも文大統領の政治力への評価は急落している。ハノイの米朝首脳会談の結果、金正恩氏のソウル訪問計画についてもはや誰も語らなくなったわけだ。

④文大統領がここにきて突然、4回目の南北首脳会談開催の意向を表明し、北側に打診している。ということは、文大統領自身が金正恩氏のソウル訪問は困難だと判断、その代案として4回目の南北首脳会談の開催を思いついたのだろう。韓国大統領府は21日、「米韓首脳会談(4月11日、ワシントン)でトランプ大統領から金正恩氏へのメッセージを託された」と説明しているが、文大統領は南北融和路線だけは維持したいため、ハノイの米朝首脳会談後、なるべく早い時期に南北首脳会談を開催したいのだろう。韓国のメディアによると、文大統領は特使を北側に派遣し、南北首脳会談の時期を決定したいというが、北側からはまだ返答はない。

なお、金正恩氏は24、25日にロシア極東のウラジオストクでロシアのプーチン大統領と初の露朝首脳会談を開催する予定だ。

韓国の野党からも「文大統領は金正恩氏の報道官」と酷評されているが、文大統領は自身の路線を修正しようとしていない。忘れてならない点は、金正恩氏が独裁者であり、数十万の北の同胞が政治収容所に送られているという事実だ。その金正恩氏を現時点でソウルに招き、歓迎すれば後世に汚点を残すことになっただろう。それだけに、金正恩氏のソウル訪問計画がいつの間にか消えてしまったのは、自然の道理というより、`天の道理`だ。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年4月24日の記事に一部加筆。