ルノーが日産に経営統合を提案したとの報道があった。これはルノーの背後にいるフランス政府の意向を反映したものだろう。予想されていたことではあるが、私はこの記事を読んで、マクロンはやはり青いと思わざるえなかった。熟練した政治家であれば、このような性急な統合はしないと思うのだ。
ブレグジットの期限延長の議論の時もマクロン大統領は青かった。6月末までのブレグジットの期限延長を要請するイギリスのメイ首相に対して、EUの大半の国は1年程度の延長を認めて、イギリスの国論が統一されるための猶予を与えるべきだと思ったのに、何も決められないイギリス議会の状況にしびれを切らしたマクロン大統領は、長期延長に強硬に反対してドイツのメルケル首相をはじめとする他のEU諸国と激論になった。
最終的には、マクロン大統領と多数派諸国の間を取って、10月末までの延長を認めることになったが、この激論を通じてEU内では、マクロン大統領がスタンドプレーとも取れる態度でEUのリーダーシップを取ろうとすることに反発を覚える国も多く、逆にレームダックになっているとはいえ、ドイツのメルケル首相の思慮深さに共感を覚える国も多かったようだ。
ルノー・日産問題でも、マクロン大統領の性急さが目立つように私には思える。ルノーは日産との協定により、日産の取締役会が提案する人事案には反対しないこととなっているが、日産のほぼ半数の株を持っているルノーが日産を強引にやれば、統合はできないことではないだろう。
しかし、その結果がルノーにとって良いことかどうかはまた別の問題だ。仮に日産がルノーに統合されれば、日産の優秀な技術者は日産からスピンアウトしてしまう可能性が高い。もちろんそうした技術者が退社する際は、技術が流出しないように守秘義務が課されるのが通常だが、そうは言っても現在ある技術は別としても新しい技術をこれらの技術者が開発することまではしばることはできないし、現存技術でもやりようによっては持ち出すことは不可能ではなかろう。ルノーは、技術が抜け殻の日産を統合するだけになってしまう気がする。
そもそも、ルノーと日産がごたごたすることで誰が漁夫の利を得るか、フランス側はよく考えておいた方が良い。それは自動車販売台数世界第1位のフォルクスワーゲンかも知れないし、ハイブリッド技術で群を抜くトヨタかも知れない。また、テスラという何かとマスコミを騒がせる電気自動車の会社はあるものの、基本的に電気自動車の技術で後れを取り、産油国なのでできれば電気自動車への移行は先延ばししたいアメリカかも知れない。
2015年、マクロン大統領が経済産業大臣の時に、フォルクスワーゲンのディーゼルエンジン排ガス不正事件が発覚し、クリーンディーゼル政策を推進していたフランスも大きな痛手を被ったことがあったが、その際にパリ郊外の自動車部品工場を視察したマクロン大臣は、「アメリカの競争相手は、この事件によって、ヨーロッパの自動車産業を弱体化させることを目論んでいる」と口走ったとマスコミに報じられた。
このようにフォルクスワーゲン事件の時に他国の陰謀を疑ったマクロン大統領であれば、ゴーン元日産会長のスキャンダルに端を発するルノーと日産のごたごたについても、背後に誰かがいるということを思いつきそうなものだが、今回は違うのだろうか。
ヨーロッパでの環境保護団体の政治力は強く、マクロン大統領も支持基盤の中にそうした勢力をもつため、エコな電気自動車の普及を積極的に推進しなければならない事情はわかるが、そうであればこそ日産との関係を泥沼化させず、お互いがウィンウィンの関係で発展するのが得策だと思うが、やはり若いマクロン大統領には無理な相談かも知れない。
有地 浩(ありち ひろし)株式会社日本決済情報センター顧問、人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
岡山県倉敷市出身。東京大学法学部を経て1975年大蔵省(現、財務省)入省。その後、官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。財務省大臣官房審議官、世界銀行グループの国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任し、2008年退官。 輸出入・港湾関連情報処理センター株式会社専務取締役、株式会社日本決済情報センター代表取締役社長を経て、2018年6月より同社顧問。著書に「フランス人の流儀」(大修館)(共著)。人間経済科学研究所サイト