日本敗訴に他国も懸念表明、WTOに日豪チリが「釘」

高橋 克己

4月27日、共同通信は「WTO会合で日本敗訴に疑問の声 『紛争処理制度に問題』」との見出しで次のように報じた。

韓国による日本産水産物の輸入規制を巡り、世界貿易機関(WTO)の紛争処理の「最終審」に当たる上級委員会が日本の主張を退けたことについて、WTOで26日開かれた会合では、各国から「これでは紛争の解決にならない」と疑問視する声が相次いだ。WTOの紛争処理制度の問題点を指摘する意見も多く出た。

通商筋によると、会合で「第三国」として意見を表明したのは、米国、欧州連合(EU)、カナダ、中国、ブラジルなど10カ国・地域。米国は「一審」の紛争処理小委員会が日本の言い分をおおむね認めたのに、上級委で逆転敗訴となったことへの疑念を示した。

そこでWTOのサイトに当ってみると、日本とオーストラリアにチリを加えた代表団がWTOの上訴機関(Appellate Body)の機能に関連する事案についての非公式な措置(informal process)について伝達(communication)していた。以下にその概略について報告する。

Enrique Mendizabal/flickr:編集部

伝達の内容は6項目の序論(Introduction)とそれを受けての14項目の決定事項案(decision draft)で構成されている。先ずは序論のうちポイントとなる項目を以下に挙げる。(日文は拙訳による)

1.1 我々は効果的に機能するWTO紛争解決システムの重要性に関する多くのWTO加盟国の懸念を共有している。

1.3 我々は加盟国がDSU(WTO協定の一つである「紛争解決に係る規則及び手続に関する了解」)の目下の規定を肯定し明確にしながら、ある決定事項あるいはDSB(紛争解決機関)の決定事項を採用することにそれら作業の焦点を当てることを提案する。

1.5 その決定事項の中のいかなるものも、WTO設立のマラケシュ協定の下、加盟国の権利と義務を追加または軽減させると見做していない。

1.6 その決定事項の草案は我々の議論で提起された懸念をいくつか申し入れている。眼の前の事案の満足な解決を達成するというDSBの役割について焦点を当てつつ、そして別の機会に上訴機関メンバーの任期が満了した時(規則15問題)の関係も管理しつつ、我々は上訴機関の欠員を埋めるための人選手順といった勧告的意見のような課題も申し入れたい。我々は喜んで、これらの課題のみならずこのプロセスの一部としての他の課題についても合わせて貢献する。

韓国による被災地水産物の輸入禁止の事案で、上訴機関がパネルの事実認定を覆したことに対してWTO加盟国の多くが懸念を表明しているので、DSBの役割や上訴機関の足らざるところについて14項目の決定事項案の申し入れをする、という趣旨だと思われる。

その決定事項案(decision draft)は冒頭に「上訴機関が検討すべき課題の範囲」とあり、次の3項目を挙げている。

  1. 加盟国は、DSU第17条第12項に従って当事者らが紛争について提起した問題に上訴機関が取り組む場合、その上訴審査の範囲は、パネル報告書に含まれる法律上の問題およびDSU第17条第6項に厳密に準拠してパネルによって詳説された法解釈に限定されるものとすることを確認する。
  2. 加盟国は、上訴機関が、国内法の効果というようなパネルの事実認定を、法の問題として審査してはならないことを確認する。
  3. 加盟国は、彼らが上訴機関の権限を超えた訴訟請求を上訴機関にすることを控えるべきであることを確認する。

訳も拙い上に少々抽象的で判り辛いが、パネルがDSUに則って事実認定している限りにおいては、上訴機関はDSUにある審査範囲を守るべきだ、と申し入れていると思われる。要は今回の件を念頭に置いて、上訴機関はその権限の範囲を超えるな、といっているのだろう。

次の4〜6の項目は下記のように「上訴審査の90日の締め切り厳守」を上訴機関に申し入れている。

  1. 加盟国は、DSU第3.3条に述べられているように、紛争の迅速な解決がWTOの効果的な機能と加盟国の権利と義務の適切なバランスの維持に不可欠であることを確認する。
  2. 加盟国は、上訴機関が上訴審査の90日期限を厳守することを確認する。

次の7〜9の項目は「上訴機関による解釈の先例的価値の問題」についての次のような申し入れだ。上訴機関の解釈は先例にはならないし、パネルが上訴機関と異なる解釈をしても良いということだろう。

  1. 加盟国は、いかなるWTO条項の上訴機関による解釈も、後の解釈の先例を構成しないことを確認する。
  2. 加盟国は、上訴機関によって詳説されたものとは異なるWTO規定の解釈をパネルが採用できることを確認する。

次の10〜12の項目は「パネルと上訴機関が加盟国の権利と義務を追加または軽減させることができないことの必要条件」だ。パネルや上訴機関よりもDSU(紛争解決に係る規則及び手続に関する了解)の取り決めが優先することの念を押している。

  1. 加盟国は、DSUの第3条第2項および第19条第2項に従って、DSBの勧告および裁定が対象となる協定に規定されている権利および義務を追加または軽減できないことを確認する。
  2. 加盟国はまた、いかなる法律問題とWTO協定の関連規定の法的解釈ついても、対象となる協定に規定されている権利と義務を追加または軽減させる程度までに、パネルと上訴機関が事実認定や勧告を行うことを控えるべきであることを確認する。

最後の13〜14の二項目は「DSBと上訴機関の間の定期的な対話」を申し入れている。

  1. その後の決定の実施を確実にするために、DSBは上訴機関と協議して、DSBと上訴機関との間に定期的な対話チャンネルを確立する。
  2. 加盟国は、DSBと上訴機関との間の定期的な対話の成果の実施をどのように確実にするかを彼らが考慮することを確認する。

26日夕方の朝日デジタルは安倍総理が訪問先のブラッセルで、WTOそのものについて次のように不満の意を表したと報じた。

時代の変化に追いついていない。上級審のあり方にも様々な課題がある。

議論を避ける形での結論が出たり、結論が出るために時間がかかりすぎたりする。

この報道はまた今回の結論について、「加盟国が全会一致で反対しない限り可決される仕組みとなっており、採択を阻むのは困難な状況だ。・・日本が『敗訴』した第二審にあたる上級委員会の報告書がそのまま確定することになる」としている。

上述の「伝達」は日本政府がオーストラリアとチリを巻き込んで、安倍総理のコメントした論点の通りにWTOに釘を刺したのだろう。が、判定は覆らないし、韓国も解禁する気は皆無だ。台湾も3月12日に「長引く3.11の影響:韓国と台湾の被災地産物輸入規制」に書いたように蔡英文政権には解禁の意向があるが、国民党の提案で国民投票した結果は大差で解禁否決だった。

4月12日「韓国に逆転敗訴でWTO報告書を読んでみた。被災地水産物買うぞ!」にも書いた通り、日本で何の問題もなく流通しているものを輸入禁止にするなどこれほど失礼なことはない。解禁はして、買うか買わないかは国民の意思に任せることも出来よう。政府と国民が信頼し合っていないことの証左と思う。

今後WTO上訴機構の欠員も補充され、DSUの遵守が徹底されればそれに越したことはない。が、それはそれとして、やはり韓国や台湾など当てにせず精々我々で被災地産物の消費に努めるのが一番だろう。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。