「一帯一路」に参加?刺激的だったクルツ首相の訪中「話」

長谷川 良

オーストリアのセバスティアン・クルツ首相は25日、中国入りし、上海、杭州市を視察後、26日から2日間の日程で開催された中国が国力を挙げて推進中の新しいシルクロード構想「一帯一路」(One Belt, One Road)の第2回「国際協力フォーラム」に参加した後、29日の習近平国家主席との会談を最後にウィーンに戻る。ちなみに、クルツ首相は昨年4月にもアレクサンダー・バン・デア・ベレン大統領の中国の国賓訪問(昨年4月)に随行している、クルツ首相は今回、オーストリアから26社の会社代表経済使節団を引き連れての公式訪問だった。

中国の李克強首相と話すクルツ首相(オーストリア連邦首相府公式サイトから)

オーストリア通信(APA)によると、クルツ首相は28日、李克強首相と会談し、米中貿易戦争、朝鮮半島の非核化など地政学的な問題について意見を交わす一方、両国間の問題としては中国旅行者のオーストリア訪問の促進、貿易拡大などを話し合った。APA通信によれば、オーストリア側は2025年前までに中国からの旅行者を年100万人から200万人に倍加し、2カ国間貿易を現行の130億ユーロから200億ユーロに拡大する野心的な計画をもっている。

アルプスの小国オーストリアは観光立国だ。観光で国家の財政を潤している。オーストリアにとって中国からのゲストは最も購買力のある外国旅行者だ。昨年、旅行者は1人当たり平均616ユーロを使っている。なお、オーストリア航空は今年6月から中国の4都市(北京、上海、深セン、広州市 )とウィーンの間を直行便で結ぶ予定だ。

32歳のクルツ首相は中国共産党政権のナンバー2の李首相との会談では、①中国市場の更なる開放、②人権問題の改善、の2点を要求している。バン・デア・ベレン大統領が習近平国家主席との会談で中国の人権問題には沈黙したことから、帰国後、オーストリアの野党から批判の声が上がったことはまだ記憶に新しい。クルツ首相は大統領の失敗を繰り返さなかったわけだ。

文化面の交流では中国からウィーンのシェーンブルン動物園にパンダの借り受け契約、ウィーン美術史博物館と北京宮廷博物館の協調、両国間の開発研究促進などに関する覚書に署名。同時に、中国市場に進出したオーストリア企業が詐欺で1600万ユーロの損失を受けたことに対する賠償金支払いも含まれる。

オーストリアは「一帯一路」構想への参加問題や中国大手通信機器ファーウェイ(華為技術)の第5世代通信規格(5G)の市場参入問題ではまだ最終態度を決めていない。欧州連合(EU)加盟国ではギリシャやハンガリーは「一帯一路」計画に積極的に参加する一方、ドイツでは中国の新シルクロード構想には強い不信がある(「中国の覇権が欧州まで及んできた」2018年2月5日参考)。

「一帯一路」構想については、インフラ事業への投資でアジアやアフリカ諸国が中国の「借金漬け外交」の犠牲となり、最終的には中国側の言いなりになってしまう状況が出てきた。それに対し、習主席は26日のフォーラムの開会演説で「国際規則・標準に基づいて進め、各国の法律法規を尊重しなければならない」と述べ、参加国の懸念と批判に応えている。ちなみに、クルツ首相は「EUと中国間の投資保護協定が来年、署名される予定だ。『一帯一路』プロジェクトに参加するか否かは慎重に考える」という。

ファーウェイ問題では、米政府はファーウェイが中国共産党政権のスパイ活動を支援しているとして米国市場から追放する一方、カナダや欧州諸国にも同様の処置をとるように働きかけている。英国政府は今月24日、ファーウェイに5G市場への参入を認める決定を下しているが、チェコやポーランドなど東欧のEU加盟国では米国側の圧力もあってファーウェイの5G市場からの追放を決めるなど、ファーウェイへの対応ではEU統一のコンセンサスは期待できない状況だ。

アリババの馬雲代表と話すクルツ首相(オーストリア連邦首相府公式サイトから)

さて、オーストリア国内では目下、クルツ連立政権の連立パートナー、極右政党「自由党」がニュージランドのイスラム教モスク襲撃事件の容疑者から寄付を受けたオーストリアの極右団体と関係があったことが明らかになり、野党から激しい批判にさらされ、政権発足後初めて政権の土台が揺れてきている。それだけに5日余りの中国訪問は成果の有無は別として、クルツ首相にとって息抜きとなったことは間違いない。

行く先々で中国国民の歓迎を受ける一方、中国の情報技術会社アリババ・グループのジャック・マー氏(馬雲)と会談するなど、中国の代表的ビジネスマンとの交流は若いクルツ首相にとっても刺激的だったはずだ。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年4月30日の記事に一部加筆。