消費税と「賃金税」のどっちがましか

池田 信夫

消費税の増税はマクロ経済的には賢明とはいいがたいが、政治的には意味がある。社会保険料は(企業負担分も含めて)労働者から徴収する賃金税なので、その負担増には企業や労働組合が反対するからだ。社会保障支出は超高齢化で激増するので、これを賃金税だけで負担すると現役世代の負担が重くなる。

消費税が「逆進的だ」と批判する人が多いが、貧乏人も大富豪も月額1万6410円徴収される国民年金保険料こそ逆進的な「人頭税」だ。厚生年金保険料は18.3%、健康保険料(介護保険料を含む)は11.6%で、すでに約30%だ。このうち厚生年金保険料は月収60万円で料率が頭打ちになるので、高給のサラリーマンほど有利になる逆進性がある。

2018年度の消費税の使途(兆円)

今の消費税は、社会保障会計の赤字を穴埋めする福祉目的税だが、8%では財源として足りない。図のように一般会計だけでみても、歳出29.1兆円に対して歳入は13.6兆円しかなく、15.5兆円の「スキマ」ができている。これを埋める財源としては、消費税の増税以外に次の3つが考えられる。

  • 法人税の増税:消費税を敵視する人がよくいうのは「大企業はもうけて内部留保がたくさんあるんだから法人税を増税しろ」という話だが、これは不可能だ。グローバル化に対応して法人税を下げる租税競争が強まっており、アメリカが法人税率を21%に下げた現状では、日本の30%をさらに下げる必要がある。同じ理由で、ゆがみの大きい所得税を増税することも考えられない。
  • 賃金税の増税:社会保障の受益者は明確なので、賃金税で負担することが自然だが、これは積立方式の年金の場合だ。日本の社会保障は年金も医療も賦課方式なので、現役世代から高齢者への所得移転になり、将来世代の負担が大きくなる。年金保険料は頭打ちになったが、健康保険料・介護保険料は今後も増える。その負担は限界に近い。
  • 国債の増発:消費税も賃金税も上げられないとなると、国債の増発しかない。国債の所得移転の効果は賦課方式の社会保障と同じで、負担を次の世代に先送りする国営ネズミ講なので、ゼロ金利が続いている限り維持可能だが、いつまでも続けられる保証はない。

つまり政治的には法人税や所得税の増税という選択肢はなく、消費税か賃金税か国債かの3択になる。ゼロ金利の状態が今後も長期的に続くとすれば、国債を増発するという選択肢はあるが、それは金利が上がると成り立たない。

国債の負担は社会保障と同じで、gを名目成長率(賃金上昇率)、nを生産年齢人口増加率、rを長期金利とすると、それが将来世代の負担増にならない条件(動学的非効率性)は、

g+n>r (*)

となることである(小塩『社会保障の経済学』)。ここでnが(政府の推計のように)2050年まで平均約-1%だとすると、この不等式はゼロ金利でもg>1%、つまり名目成長率が今後30年間にわたって平均1%以上でないと、将来世代の負担増になる。

これは高齢化時代には高いハードルだが、これが成り立たない場合でも、財務省のいうようなハイパーインフレにはならない。財政赤字が増えると、長期金利が上がって(*)の不等式が逆転するが、これは財政が破綻して通貨への信認が失われるハイパーインフレとは違う資金需給の変化である。

日本の債券市場ではよくも悪くも日銀の存在が圧倒的なので、こういう需給不均衡は日銀が国債を買う金融抑圧でコントロールできる連続的な変化である。日銀のコントロールを超える債券市場の大崩壊が起こるリスクもあるが、世界的にゼロ金利の時代には現実的ではない。

ただ社会保障の負担と受益の人口バランスが今後大きく変わることは避けられないので、社会保障支出を効率化することは必要だ。国債という選択肢を認めると、政府の予算制約がゆるんで放漫財政になるリスクもある。

財政規律を保つ点では消費税が望ましいが、社会保障サービスと無関係に広く課税するので、負担と受益の関係が曖昧になる。この点は賃金税のほうがましだが、現役世代の不公平感はもっとも強い。

このように消費税も賃金税も国債も一長一短だが、負担が重くサラリーマンに片寄る賃金税より、税率がEUの半分以下で高齢者も負担する消費税の増税のほうがましだ。政治的に容易なのは国債で、それは(*)式が成り立つ限り将来世代の負担にもならない。しかしこの不等式が逆転した場合に、財政がどう対応するかについての計画(contingency plan)が必要である。