ピエール瀧さんの「笑顔」をめぐるサンスポ記者の根本的な間違い

田中 紀子

平成の終わり4月27日にサンスポがピエール瀧さんと石野卓球さんの友情写真について、「残念な友情写真」といちゃもん記事を書きプチ炎上しましたが、
石野卓球との写真で見せたピエール瀧の笑顔 神妙な顔での謝罪は何だったのか

この森岡真一郎という記者は、60過ぎまで記者をやっていて、この友情写真がどれだけ依存症啓発の役に立ったかわからず、こんな薄っぺらい記事しか書けない残念な記者だなぁと思っていましたが、まぁサンスポだし別に良いか・・・とスル―しておりました。

が昨日、原田隆之先生のこんな記事が配信され、触発されたので、私も、思うところを書こうと思います。
ピエール瀧が笑ってはいけないのか? 「罪と友情」を混同する人々へ

この記者の根本的な間違いは、「笑っている=不謹慎」「笑顔=不真面目」という、記者とは思えない上っ面な事象だけを取り上げていることにあります。
これは依存症に対して無知な人がもつ誤解そのもので、「本人は好きでやっている。」「楽しいからやってんだろ!」と思っているんですよね。

事実は全く逆です。
依存症者は、依存行為にハマっていることが苦しいんです。
辛いし、やめたいし、問題はどんどん山積みになるし、どうしていいか分からず苦悩しています。
そしてそこに巻き込まれていく家族も、笑顔などすっかり忘れた暮らしになります。

ですから、私が依存症問題を抱えたご家族の元を訪問したりすると、当事者・家族全員が「能面」のように凍りついた表情をしています。

ちょっと考えれば誰でもわかるし、ご自分に置き換えてみて頂きたいと思うんですよね。
あなたならせっせと稼いだお金を、たかだかギャンブルで全部使ってしまったあげく、借金までして他の楽しみを全て失い、家族の将来も閉ざしてしまいたいですか?
毎月貰ってくる給料が借金返済のために通帳を通過するだけ、そんな人生送りたいですか?

私はそんな人生を10年も送ったのち、自助グループに繋がりその後4年間もその状況が続いたんですね。
当時かわいい盛り幼稚園に通う子供達をどこにも連れていってやれませんでした。

「私が母親じゃなかったらこの子たちもっと幸せなのに」と、自分を責め続ける人生はまさに地獄でした。
楽しいなんて1ミリも思えず、ただただ死ぬことだけを考えていました。

例えば、家族や友人にも「酒やめろよ」「飲みすぎ」と注意され、飲みはじめると記憶がなくなるまで飲んでしまう。
怪我をしたり、置引きにあったり、時には事故にあったり、逆に人を傷つけてしまったり、さらには膵臓や肝臓を痛めつけ、時には重篤な健康障害を起こし度々入院をする。
そんな暮らしを30年も続け周りに誰も人がいなくなった・・・
こんな人生をあなたなら送りたいと思われるでしょうか?

あるいは、誰にもバレないようにびくびくしながら違法薬物を使い、いつも誰かに見つかるのではないか?
他人の目を気にし、怯えながらそれでも薬物を手に入れ続けずにはいられない、こんな人生を楽しそうだと思われるでしょうか?

楽しくなんかない、苦しいんです。
だから当時「笑う」ことなど忘れていました。

私たち依存症者は、誰よりも自分を見捨て、自分を信頼することができません。
そんな状況の人間は他人も信じられないし、他人を愛することができなくなってしまいます。
当時、感情も失ってしまい、頭の中は毎日「辛い」としか思えなくなっていました。

けれども段々回復してきて、他人と再び繋がれるようになり、信頼関係が再構築されると、やっと「辛い」以外の感情が戻ってくるんですよね。
「嬉しい」とか「楽しい」とか、そういったポジティブな感情も感じられるようになると、表情が戻ってきて笑えるようになるんですよね。

依存症者の家族と友人向けの自助グループには、少し状況が落ち着いてきた人達に向けた「第二の20の質問」というものがあるのですが、その筆頭に来るのが「あなたはユーモアのセンスを取り戻しましたか?」というものなんですね。
当初この質問の意味が全く分かりませんでしたが、今ではこの真髄がよくわかります。

そして何度も言っていますが、石野卓球さんという方は、音楽だけでなく薬物乱用や依存症支援の観点でも類まれなる才能をお持ちで、ユーモアの大切さを身をもって実践して教えて下さっているんですね。

記事を書いた森岡真一郎さん、あの笑顔の写真で裁判の心証など悪くなろうはずがありません。
そんなことを判決文で読み上げようものなら、私たち黙っていません。
それに今の裁判官は依存症問題にあなたほど無知ではないのでどうぞご心配なく。

森岡さんも頭を使ってお考えになればお分かりになるんじゃないですか?
ピエール瀧さんが笑っていること、これは薬物なしでも人生を楽しんでいる証しですよね?
むしろ笑えない人の方が「また薬物に頼るのでは?」とずっと心配になりませんか?
笑顔は回復の証しです。


田中 紀子 公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」代表
競艇・カジノにはまったギャンブル依存症当事者であり、祖父、父、夫がギャンブル依存症という三代目ギャン妻(ギャンブラーの妻)です。 著書:「三代目ギャン妻の物語」(高文研)「ギャンブル依存症」(角川新書)「ギャンブル依存症問題を考える会」公式サイト