体調が少し良くなったので久しぶりに内務省の記者会見に参加した。テーマは2018年の犯罪統計報告書(PKS)の発表だ。ヘルベルト・キックル内相とオーストリア連邦犯罪局のフランツ・ラング事務局長が昨年の犯罪統計とその傾向などを発表した。記者会見には予想以上に多くのカメラマンが来ていた。目当てはクルツ政権に参加する極右政党「自由党」のキックル内相だ。自由党のブレインであり、その発言は明瞭でシャープだ。どのような発言が飛び出すか分からないところがメディア関係者には魅力なのだろう。
昨年犯罪総件数は初めて50万件を割って47万2981件で前年比で7.4%減少した。検挙率も52.5%とこれまた歴代最高値を示した。クルツ政権の実績というより、内務省を管轄する自由党の成果と受け取れるわけだ。
犯罪統計は総件数、検挙率、暴力犯罪件数が前年比で減少すれば、現政権の成果と受け取られる一方、逆に犯罪総件数や巨悪犯罪が急増すれば、治安悪化と受け取られ、政権の責任が追及されかねない、といった具合だ。その意味で、毎年公表される「犯罪統計報告書」は非常に政治的な文書といえる。
今年の犯罪統計は、「暴力犯罪」、「財産犯罪」、そして「インターネット犯罪」の3分類に分けてまとめられている。「暴力犯罪」は6万9426件で前年比で4.3%減、「財産犯罪」は17万1718件で12.0%急減したが、「インターネット犯罪」は1万9627件で前年比で16.8%と大幅に増加した。懸念は性犯罪が936件と前年比で14.6%も急増していることだ。
注目すべき点はやはり外国人犯罪の増加傾向だ。昨年の犯罪容疑者数28万8414人のうち、外国人容疑者数は11万5285人で全体の約40%、前年の39.1%より0.9%微増した。反難民・移民政策を看板とする自由党にとって、「移民、難民の増加は国内の治安悪化に繋がる」といった自身の主張を裏付ける数字だ。
ちなみに、外国人容疑者の国別を見ると、ルーマニア人がトップで1万1701人、ドイツ人1万0652人、セルビア人1万0293人、トルコ人7658人、アフガニスタン7337人となっている。
詳細な犯罪統計は内務省公式サイトから入手可能だ。ここでは暴力犯罪の中の「殺人」の項目を紹介する。昨年の殺人未遂と殺人事件の件数は190件(未遂130件、殺人60件)で2017年の203件比で6.4%減少した。検挙率も95.3%と高い。殺人件数では、41人がオーストリア人容疑者、外国人容疑者は38人だ。一方、犠牲者ではオーストリア人43人、外国人30人だ。
殺人の場合、ほとんどが身内、知人、出身地コミュニテイーで起きている。その意味から、「関係犯罪」ともいわれる。オーストリアでは、関係のない人が路上で殺されるといったケースはほとんどない。最近では、アフガニスタンからの難民・移民のコミュニテイー内で殺人事件が起きている。また、マフィア犯罪に絡んでセルビアのコミュニテイーで報復殺人が発生している。離婚問題や愛憎問題が絡んだ関係殺人は相変わらず多い。
内務省が発表した犯罪統計の表紙には「オーストリアはこれまでなかったほど安全だ」というメッセージが付いている。犯罪統計を見る限り、その主張は間違っていない。実際、 英誌エコノミストの調査部門「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)」が毎年発表している「世界で最も住みやすい都市ランキング」で、オーストリアの首都ウィーン市が「2018年版第1位」の名誉を獲得している。
パリやロンドンの欧州メトロポールのようにイスラム過激派テロ事件も久しく起きていない。ただし、「最近は治安が悪い」と感じる市民も多い。窃盗や暴力事件、女性へのストーカー行為などはメディアに実際、頻繁に報道されている。外国人の数も増えた。安全に対する国民の実感と犯罪統計には明らかにズレがある。
昔、内務省の知人が当方に、「犯罪統計など信じるなよ、数字はどうにでも操作できるものだ」と笑いながら語ったことを思い出す。国民の政治不信は政府作成の犯罪統計の数字にも反映してきているのかもしれない。
いずれにしても、安全への国民の実感と犯罪統計の数字が限りなく近づくためにも、「犯罪統計」の「数字」への信頼回復が欠かせられない。換言すれば、政権政党の思惑に左右されない、犯罪統計作成者の独立性だ。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年5月5日の記事に一部加筆。