「独大企業の国営化」発言の衝撃

長谷川 良

「集産化」(独Kollektivierung)という経済用語を久しぶりに聞いた。簡単にいえば、「生産手段を国有ないし公有とし、共同管理とすることを経済原理とする主張。コレクティビズム」という。ドイツ社会民主党(SPD)内の青年社会主義者グループ(JUSO)連邦議長、ケヴィン・キューナルト氏は週刊誌ツァイトとのインタビュー(5月1日)の中で、「大企業の集産化」を提案し、ドイツの政界で大きな波紋を投じているのだ。

▲ドイツ与党「社民党」の青年社会主義者グループの指導者、ケヴィン・キューナルト氏(ウィキぺディアから)

▲ドイツ与党「社民党」の青年社会主義者グループの指導者、ケヴィン・キューナルト氏(ウィキぺディアから)

与党「キリスト教民主同盟」(CDU)のアンネグレート・クランプ=カレンバウアー党首は、「考えられない発想だ。わが国の経済システムは社会市場経済(soziale Marktwirtschaft)だ。資本主義と社会主義経済に比べ、国民の生活向上、産業にとってより良いシステムだ」と説明する一方、メルケル連立政権に参加するSPD指導部に対し、「キューナルト氏のような意見が飛び出さないように党内をまとめるべきだ」と注文を付けている(独シュピーゲル電子版5月4日)。

キューナルト氏の集産主義では、不動産の私有禁止、大企業の国営化などが実施され、その内容は共産主義的計画経済を想起する。SPDのキューナルト氏は真剣に国民経済の刷新案として考えているというから、同国産業界も驚いたわけだ。

SPDではシュレーダー元首相はJUSOリーダー時代の1978年から80年時代、「自分はマルクス主義者だ」と堂々と宣言していた。SPD内の若い世代には共産主義思想にかぶれる党員が少なくない。ちなみに、社民党は1959年、マルクス主義を放棄したことになっている。

ドイツは冷戦時代、東西に分かれていた分断国家だった。共産政権下にあった旧東独国民がべルリンの壁から旧西独に亡命するケースが絶えなかった。だから、東西再統合のドイツでは共産主義がいかに非人間的な政治体制かを肌で感じてきたが、旧東独時代を経験しなかった国民、統合後に生まれてきた若い世代は共産主義の実態を知らないから、キューナルト氏のように共産主義思想に憧れる青年たちが出てくるわけだ。

シュレーダー氏は政界引退後、ロシアのプーチン大統領とのコネからロシア国営企業の顧問を務めるなど、高給取りとなって悠々自適の生活を享受している。彼の口から「自分はマルクス主義者だ」といった言葉はもはや飛び出さない。

参考までに、欧州の社会主義者は政権引退後、労働者の味方から資本主義者顔負けの金満家に変身するケースが少なくない。オーストリア社民党党首で元首相だったグーゼンバウアー氏は首相時代に培った人脈を生かして世界各地で顧問料を稼いでいる。同氏も社民党青年部長時代、モスクワを訪問し、飛行機から降りると地べたに接吻するなど、共産主義者顔負けのマルクス主義者だった。現在のグーゼンバウアー氏からは想像できないことだ。

だから、キューナルト氏の集産主義への傾斜発言に余り過敏に反応する必要はないのかもしれない。同氏が党幹部となり、政権に参加するようになれば、過去の発言など忘れてしまうだろう、という楽観的な見方もあるが、ドイツ国民経済に停滞傾向が見られる一方、メルケル連立政権への国民の支持が低迷してきた今日、無視はできない。

ドイツ経済研究所(DIW)のマルセル・フラッシャー所長は、「社会市場経済システムは第2次世界大戦後のドイツ経済発展の原動力だったが、ここにきて行き過ぎや乱用が見られる。特に、住宅市場で見られる。だから、社会市場経済の包括的な刷新が必要だ」と述べ、キューナルト氏の発言を評価している。

それに対し、キューナルト氏から国営化を提案されたドイツ自動車製造メーカー、BMW経営者側は、「キューナルト氏はもう一度学校に通って、経済がどのように運営されているかを学ぶべきだ」と述べ、「SPDは労働者にとっても支持できる政党ではなくなってきた」と警告を発している。SPD内でも、「わが党は民主的社会主義経済を標榜してきた。国民経済の国営化ではない」とキューナルト氏の発言の鎮静化に努めている。野党の「自由民主党」(FDP)は、「キューナルト氏の発言は外国投資にマイナスの影響を与える」と批判している。

フランスで昨年11月からマクロン大統領の政策に反対し路上で抗議デモをしてきた「黄色いベスト運動」が活発だが、同運動の背景には社会の貧富の格差問題が大きな契機となっている。だから、ノートルダム大聖堂再建のために巨額の寄付をした富豪家へ批判も飛び出している。米のウォール街で起きた「われわれは99%」運動はグロバリゼーションを批判し、資本主義社会の貧富の格差を糾弾し、話題を呼んだばかりだ。

キューナルト氏はドイツ社会でも富の不平等な配分を目にし、ドイツでは久しく埋葬されたと思われていた集産主義という経済用語を引き出しから取り出してきたのだろうか。ワイルド資本主義社会の腐敗や不正への解決策として集産主義が機能するかは不確かだが、欧州経済の原動力だったドイツで与党社民党の青年グループ代表の口から「集産主義」、「大企業の国営化」、「不動産の私有禁止」といった言葉が飛び出した衝撃は大きい。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年5月6日の記事に一部加筆。