「現金マイナス金利」で貯蓄過剰は解決できる

池田 信夫

世界的に金融政策が手詰まりになる中で、ロゴフは「もう財政政策しかない」という見方に反論し、「もっと大きなマイナス金利は可能だ」と論じている。その方法は簡単である。日銀当座預金のマイナス金利をすべての現金に適用するのだ。

Bloombergより

今でも日銀は、当座預金の超過準備の一部の金利をマイナス0.1%にしている(銀行から手数料を取っている)が、これを現金で引き出す場合に限定して拡大する。電子的な銀行間決済からは金利を取らない(具体的にはLilley-Rogoffでくわしく論じている)。

これは日銀のオペレーションだけで実現できるが、意外に大きな変化である。日銀券と電子マネーという二つの通貨の変動相場制になるからだ。これを「紙幣円」と「電子円」と呼ぼう。たとえば日銀当座預金を紙幣円で引き出すと金利がマイナス2%、電子円で銀行間決済するとゼロだとすると、その為替レートは1年後には

100紙幣円=98電子円

になる。銀行が日銀に預けている100紙幣円の価値は毎年、96電子円、94電子円…と減価するので、銀行は現金を減らすが、預金の払い戻しには応じなければならない。したがって銀行はマイナス金利を(ATM手数料などの形で)預金に転嫁するだろう。紙幣円の預金は毎年マイナス金利が増える。

預金者が現金をもつことは自由だが、タンス預金すると現金の為替レートは目減りする。マイナス金利をきらう預金者は紙幣円を電子円に両替するので、キャッシュレス化は一挙に進む。企業間決済は(短期の資金需要以外は)電子円だけになるので、日本経済を停滞させている企業貯蓄は激減するだろう。

急速に紙幣金利を下げると、預金者が銀行に殺到して「取り付け」が起こるおそれがあるので、最初は紙幣金利をマイナス0.5%ぐらいにし、徐々に下げればいい。インフレになったら紙幣金利を上げ、紙幣円=電子円に戻す。

これはゆるやかに現金を廃止する改革なので、現金を預かって決済手段を提供する伝統的な銀行業は消滅するだろうが、それは大した問題ではない。証券会社として直接金融に転じれば、資金過剰の時代には調達手段はいくらである。

日本経済では企業が資金過剰で借り手を失ったコーディネーションの失敗が起こっているので、それを金利(価格)を大きく動かして調整することは筋の通った解決策である。これは日銀のバランスシートの中で処理できるので法改正は必要ないが、日銀当座預金の残高は約380兆円。その影響はすべての個人・企業に及ぶ。

こういう現金への課税という発想は、100年以上前のゲゼルのスタンプ紙幣からある。ケインズもそれに賛成したが、コストが大きくて実現しなかった。だがテクノロジーの発達した今は、マイナス金利を実現する方法はいくらでもある。

最近これをAgarwal-Kimballが「二重通貨」として提案したが、技術的にはむずかしい問題はない。最大の問題は政治である。これは現金だけに消費税をかけるようなものなので、国民の反発は強いだろう。銀行は死滅するので、必死に抵抗するだろう。

最終的には、紙幣を廃止することが目標だ。現金がなくなると脱税や地下経済が困難になるので、海外への資産逃避が増えるかもしれない。日本円はその心配が少なく、現金比率が高いので、マイナス金利の実験の最適の候補だ、とロゴフは論じている。

この提案は奇想天外にみるかもしれないが、フリードマンが1953年に変動相場制を提案したとき、誰もがそれを空想と嘲笑した。それに比べると、日本国内で変動相場制にするのは控えめな改革である。

追記:タイトルがわかりにくかったので変更した。