今、台北松山空港にいる。台中の亜洲大学(アジア大学)で開催された、「人工知能とプレシジョン医療フォーラム」で基調講演を行ってきた。このアジア大学は、台中市内にある中国医薬大学と姉妹大学に当たり、急速に認知度が上がっている大学である。この大学には、安藤忠雄氏が設計した美術館がある。アジア大学が力を入れている分野の一つが人工知能であり、昨年、別の会でお会いした学長から、講演を依頼されてやってきた。
医療分野では国家レベルでのグランドデザインが必要であることは、この場で幾度も力説してきた。その観点で日台を比較して、常に遅れを感じているのが薬剤副作用の問題である。台湾では重篤な薬剤の副作用情報+患者血液の収集が、国レベルで行われている。
ステーブンス・ジョンソン症候群の原因をHLAと特定した研究成果は、この試料を利用した台湾のY.T.チェンのグループによって行われたものである。今では、特定の薬剤によって起こる重篤な薬疹を回避するためのHLA診断が、国の保険でカバーされている。厚生行政に携わる人の見識の高さを垣間見ることができる。情報は集めるだけでは役に立たない。それを活用してこそ、役に立つものだ。
そして、今回の旅で台湾から学んだことの一つは、画像や血液検査の結果を国のデータベースにデポジットする制度が運用されていることだ。これらの画像や血液検査結果は保険証番号と紐づけされているため、患者さんが他の病院を受診した場合でも、他院の医師がこの検査情報にアクセスできるようになっている。これは色々な観点できわめて重要だと思う。
ご主人の転勤に伴って地方から東京に移ったがん患者さんが、すべての検査を改めて実施され、それだけで疲労困憊となったという話を聞いたことがある。患者さんが求めれば、診療情報を提供する義務を医師は負っているはずだが、このような状況は決して少なくない。診療情報を提供されても、自院の機器の性能が優れているからと再検査をする病院があるからだ。
また、患者が、医師の気に食わない医療機関への受診を求めた場合、診療情報提供を拒否する医師も少なくない。セカンドオピニオンを受けたいと患者が申し出た場合に急に不機嫌になる医師も後を絶たない。お世話になっている医師の機嫌を損ねたくないと遠慮して、セカンドオピニオンを受けることを取り下げる患者や家族も決して少なくない。何かがおかしくなっている。教育のエラーかシステムエラーなのか、わからないが、現行の医療システムには間違いなく欠陥がある。
患者さんが気兼ねなく、色々な意見を求めることを可能とするためにも、不必要な2重・3重検査を回避して医療費削減につなげるためにも、そして、大きなデータベースを作るためにも、このような検査情報の統一化が必要ではないかと考える。
医療の質を向上させるためには、人工知能の導入が不可欠だ。人工知能に学習させてその性能を高めるためには膨大で良質な情報のインプットが必要である。逆に質が悪いと「Gavage In, Gavage Out」(ごみを入れると、ゴミが出てくる)、あるいは、「質の悪い情報(人工知能のための食料)を食べさせると、人工知能は下痢を起こす」と言われる。この点では医療格差の少ない日本は断然有利だと思う。
質の良いデータを収集して、今後の医療に生かしていくことは国の浮沈にかかわる重大な命題だが、なすべきことが、なかなか進まないままに、時だけが流れている。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年5月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。