ゴマすりは会社を救う?波風を立てないクロージングの方法

書籍内の画像より引用


私はこれまで、「絶対にこの人にはかなわない」という、「ゴマすり」のプロに会ったことがあります。その人は「平凡コマーズ」(仮名)に勤務する「すり夫」さんです。「すり夫」さんは、カッコ悪い容姿です。髪は薄く中年太り。ファッションセンスもありません。しかし、ゴマすりは天下一品です。ここである武勇伝を紹介します。

「平凡コマーズ」(仮名)は、いくつかのポータルを運営するネット系ベンチャー企業です。このたび、展開するサイトのトップページに、広告のクリック数を増やすために、有名メーカーの会社ロゴを羅列しました。事件はこのあと発生します。掲載企業のひとつ「ゲキカラ電機」が、ロゴを無断で使用したとクレームを入れてきたのです。

「誰か、おわびに行ってくれるヤツいないか?」。社長は、社内にそう告知しました。みんなの視線は1人の社員に集中しました。「すり夫」さんです。「わかりました、私が行ってきます。周囲のアツい視線に背中を押された「すり夫」さんは、即席でつくってもらった執行役員営業部長の名刺を持ち、「ゲキカラ電機」を訪問します。

先方は法務部長と担当弁護士が応対しました。「うちが長年つくってきたブランドイメージを、おたくみたいな会社のサイトに勝手に使用されては困るんですよね。これじゃあ、まるでうちがおたくごときを全面的に支援しているように見えるじゃないですか?」。法務部長はそう言いました。

「すり夫」さんは、「コメツキバッタ」のように頭を下げて米をつきながら次のように言いました。「まことに申し訳ございません。担当者の間では了解を得ていたようです。これがその証拠になります」と、やり取りのメールコピーを提示します。

「あのねぇ~、担当レベルの話はどうでもいいんだよ。この落とし前、どうやってつけるの?」。法務部長はイライラした調子で続けます。そして、ブランドを毀損したお詫びとして、ある提案をしてきました。

--ここから--
<法務部長>
「ウチの社長は甘党でね。甘い板チョコを数枚ほど用意できるなら、あなたの将来にも傷がつかないですみますよ。みんながよく知っている甘くてとろけるやつですよ。今後、あなたが当社の担当になれば、安定的な発注もお約束しましょう」

<すり夫さん>
(額に汗を浮かべながら)「申し訳ございません。これは御社の総意として受け取ってよろしいでしょうか。しかるべきのちは、御社社長と弊社社長との直接のお話となりますね」

<法務部長>
「ハァ?あなたには一般常識がないようだね。ホントになに言ってるの。ウチの社長が、おたくと話すわけないでしょう。無礼にもほどがあるんだよねえ」
--ここまで--

数分後、法務部長の態度が豹変します。「社内にはロゴ使用に不満をもっているやつらがいるんだよね。そいつらを納得させるには板チョコ(理由)が必要になる」と話がすり替わりました。そして、「ほとぼりが冷めるまで、出入り禁止にさせてくれ。1年くらい経過すれば入ってこれるだろうよ」と出入り禁止になることで協議は妥結します。

「すり夫」さんは、法務部長のメンツを立てるために、出入り禁止になることを許諾しました。このような協議では、解決策を提示してはいけません。相手に提示させ、その提示に矛盾があれば逆手にとって対処するのです。このケースでは、事態が大げさになっていいことはありません。なし崩し的にフェードアウトさせるのが得策なのです。

「すり夫」さんは満面の笑みを浮かべながら、「コメツキバッタ」のように、高速でお辞儀を繰り返し頭を下げていました。法務部長は「コメツキバッタめ!」と罵りますが、結果的には危機から救うことになりました。あなたの会社の「すり夫」さんは誰ですか?

尾藤克之
コラムニスト、明治大学サービス創新研究所研究員
※12冊目となる『波風を立てない仕事のルール』(きずな出版)を上梓しました。