朝鮮半島の最大の課題は北朝鮮の非核化だが、ハノイの米朝首脳会談(2月27、28日)の決裂でその見通しは再び悲観的になってきた。完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)交渉は振出しに戻った感がする。最大の障害は、北が核兵器の完全な放棄を拒否しているからだ。トランプ米大統領が証言したように、「金正恩朝鮮労働党委員長にはまだその準備がない」ということになる。
具体的には、北側は米国との非核化交渉では寧辺の核関連施設の破棄を提案し、それと引き換えに2016年以降の対北制裁の完全な解除を要求。それに対し、米国側は使い古された寧辺の核関連施設の破棄では十分でないとして、未申告のウラン濃縮施設の破棄などを含む完全な非核化を求めたわけだ。
ジョージ・W・ブッシュ米大統領時代の国務長官だったコリン・パウエル氏が、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と述べ、大量破壊兵器の核兵器を「もはや価値のない武器」と強調したが、その武器に金正恩氏が執着するのは、北が独裁国家であり、それ以外に国際社会の関心をひくものがない最貧国だという現実がある。
だから、金正恩氏を説得するためには、「体制維持の保証」と「国民経済の発展」をオファーする以外に解決策はないが、誰が独裁国家の体制維持を保証できるか、どの国が北の国民経済の発展を支援するかが明確でない時点では、金正恩氏の「完全な非核化」への用意は整っていない、と受け取って間違いないだろう。
トランプ大統領は2回の米朝首脳会談で金正恩氏に非核化の代わりに、上記の2点の北側の要求に理解を示し、言及もしてきたが、そのビックディールはトランプ氏の第1期任期が残り2年を切った今日、益々非現実的になってきた。金正恩氏はポスト・トランプを考え、非核化交渉の長期化を図りだしたのは当然の反応だろう。
金正恩氏は、①トランプ氏の再選、②民主党の新大統領登場、という2つのシナリオを頭に入れて、次の一手を考えているはずだ。換言すれば、金正恩氏にとって、非核化の優先度は下がってきたのだ。
北朝鮮はこれまで6回の核実験を実施し、核爆発を重ねる度にその核能力を発展させてきた。2006年10月に1回目の核実験を実施した。その爆発規模は1キロトン以下、マグニチュード4・1だった。17年9月3日には爆発規模160キロトンの核実験を行った。北側の発表では「水爆」だという。核兵器の小型化、弾道ミサイルの精密度を高める一方、潜水艦発射ミサイルの開発を急いでいる。
故金正日総書記の「先軍政治」がほぼ実現した今日、金正恩氏は中国とロシア2大国との関係を修復、強化しながら、国民経済の発展にその目標を移そうとしてきたが、核実験、ミサイル発射の結果、国際社会から厳しい制裁を受け、国民経済の発展の見通しはままならない状況だ。金正恩氏は今日、米国の非核化要求には生返事を繰返す一方、国民経済の発展という非常に難しい課題に取り組みだした、というのが現状だろう。
国連食糧農業機関(FAO)と国連世界食糧計画(WFP)によると、北朝鮮は今年、136万トンの食糧が不足、人口の約40%に当たる国民が飢餓に苦しむとみられ、緊急支援が必要という(韓国聯合ニュース)。スイスと韓国両国政府は既に国連機関を通じて対北支援を実施すると発表済みだ。もちろん、北国内では、国際社会の対北支援についてはまったく報道されていない。
以上、金正恩氏を取り巻く状況をまとめてみた。ハノイ後の金正恩氏はトランプ米大統領との3回目の首脳会談を願っていると報じられてきたが、それは再選を狙うトランプ氏側が対北カードを維持するために恣意的に流してきた情報工作の色合いが濃く、非核化交渉への金正恩氏のプライオリティは確実に下がってきた。米国側も熟知しているから、対北カードに代わって、対イラン・カードをここにきて駆使しだしているわけだ。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年5月27日の記事に一部加筆。