10式戦車に商機などない

IHSジェーンズの記事です。

日本の最新式戦車「10式(ヒトマルシキ)」は何がスゴいのか、商機はどこにあるのか

これはジェーンズの月刊誌、IDW2月号の陸自特集の戦車の部分を膨らませた記事です。
一言でいえば、同社のランド・コンサルタントのクリストファー・フォスならばこういう記事は書かないだろうな、というところです。

10式戦車(陸自サイトより:編集部)

装備庁や三菱重工などに丹念に取材しているのはわかりますが、陸自に関するバックグランドの知識が不足している。取材先のいうことを鵜呑みにしている。

個人的には知らない記者ですが、若手ではないでしょうか。

あと日本語版は誤訳の嵐です。何しろ車長が戦車司令官ですからねえ。全く軍事に疎い人が翻訳したんでしょう。

クルーの快適性は、クルーコンパートメントの温度を35℃以内に維持してクルーの疲労を軽減し、ベトロニクスやミッションシステムの温度を25℃前後に維持して機能の信頼性を確保する温度調節システムによって強化されている。

すでにご案内ですが、技本(当時)も陸幕も公式に乗員用クーラーは要求していないと認めています。ですがそれは問題だということで機甲科OBたちが三菱重工に働きかけ、機材冷却用クーラーの冷気の「おこぼれ」を乗員が得られるようにした、ということです。

10式戦車にクーラーはあるのか?これが結論だ。

10式戦車には出力9kwの補助動力装置が装備されている。これは高速で走行中、電動式の砲塔の旋回、自動装填装置、電子装置などをフルに使うと主エンジンだけでは出力が足りない動力を供給するため必要である。またエンジンを切った状態での電子装置などを可動させるためにも必要だ。そうすれば燃料の消費を節約できるだけではなく、赤外線シグニチャーも極小化できる。

10式戦車とその必要性(論座)

出力9kwで各種電子装備に加えてクーラーも動かすわけです。しかも仕様として要求されていないので、過大に電力食うようなクーラーやAPUは使えないわけです。しかもコストと重量削減が最優先されておりますから、表面に熱を防ぐ断熱タイルを張ったり、車内に断熱材を張ったりしているとは考えづらい。

鉄の塊の戦車は40度近い日本の夏では、かなり蓄熱をするはずです。記事中にあるように35度に上限を抑えられるか非常に疑問です。また体感温度は湿度にも左右されますが、除湿するにも電力が必要です。

仮に35度が上限としても風呂の温度より若干低い程度です。そして湿度は低くはない。その環境で長時間いるのは地獄でしょう。無論クーラーが全くないよりはマシですが。

仮に将来10式を近代化して装甲を強化するとか、RWSやIEDジャマーなどを装備したり、まともなクーラーを搭載するとAPUも更新が必要でかなり重たくなります。現状でも40トントレーラーにそのまま乗りませんが、近代化すると90式に匹敵する重量になるでしょう。であれば40トントレーラーで運用可能で、内地の多くの架橋を通過できるというコンセプトが根底から覆ります。つまり、まともな近代化はできない、ということです。

それから外国で売れるかというはなしですが、著者は他国の3.5世代戦車の方が安いといっていますが、誤りです。著者が挙げているのは第3世代の単価です。実際は概ね12~15憶円程度で、10式よりも高いのが相場です。

それはより高度なネットワークシステムや、防御力を備えているから当然でしょう。では安いからといって欲しがるユーザーがいるか?RPGのタンデム弾頭で容易に撃破されるであろう10式を欲しがるユーザーはいないでしょう。

軽い戦車が欲しいならT-95 とかT-84 、あるいは中国あたりの系列の戦車で十分だし、バックアップランスもいいし、よほど安い。

外国で売れる代物ではありません。現在の戦車で最も重視されるのは防御力、次いでネットワーク機能です。10式の車体及び砲塔の側面や後方、上部、車体下部に付加装甲をつけ、更にまともなクーラーをつけるならば、APUも大型化します。RWSも要求されるでしょう。そうなれば価格も重量も、コストも大幅に大きくなるでしょう。

■本日の市ヶ谷の噂■
陸自宮古島、与那国に島の駐屯地の弾薬庫にミサイルが収納されることを説明していなかった問題は、本来責任者の内局官僚が陸幕に責任を押し付けて、卑怯にもバックれて、敵前逃亡したとの噂。


編集部より:この記事は、軍事ジャーナリスト、清谷信一氏のブログ 2019年5月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、清谷信一公式ブログ「清谷防衛経済研究所」をご覧ください。