ここ数日の韓国各紙は、在米外交部職員が米韓首脳の電話内容を野党議員に漏らした事件を連日報じている。とりわけ熱心な中央日報によれば、件の職員は高校の先輩の野党議員に情報を流したとのこと。で、外交部はその外交部職員ら3名の懲戒と野党議員の検察への告発に着手したそうだ。(以下、太字は筆者)
野党議員の告発理由は「外交上機密漏洩の疑い」とのことだ。が、29日の産経新聞によれば、「自由韓国党の姜孝祥議員が9日に記者会見し、文氏が7日の電話会談でトランプ氏に5月の今回の訪日後に『少しの間でも韓国を訪問してほしい』と要請し」たことを公表したことが理由だという。
突っ込みどころがあり過ぎる。まずは、大統領府が直後に「事実と異なる」と否定して「無責任な主張に姜氏は責任を負うべきだ」と非難したにも関わらず、外交部と与党とが「韓米関係の危機をもたらした」と反発して姜議員の辞職を求めて刑事告発したこと。
「事実と異なる無責任な主張」であるなら、「韓米関係の危機をもたらした」との理由で告発するのはおかしくないか。否定して放って置けば良い。また内容の如何によらず「漏洩」そのものを問題視するならそれはそれで筋が通っている。が、現職議員の刑事告発ともなれば、それは内容次第ではないか。
自由韓国党は「その程度は(機密)内容ではないと見る。(通話内容を)『事実無根』だと言った大統領府から立場を明確にせよ」と反発した、と東亜日報は報じる。果たして「訪韓おねだり」が「外交上機密」に当たるのか、告発などと事を荒立てれば却って恥の上塗りになるのが落ちだ。
ハンギョレは、件の外交部職員が姜議員に漏らした話はこれだけではない、として与党シンパ振りを発揮する。すなわち、3月に大統領府国家安保室長がボルトン米国家安保会議補佐官と会談しようとしたが拒否された件、そして4月に両国間で話し合われた米韓首脳会談の形式などの実務協議の内容だ。
後者は、たった2分で終わった歴史的会談の「形式と儀典を米国のペースで調整し、韓国はこれに巻き込まれた」と具体的な内容を公開したのだそうだ。韓国側が2分で終わるよう調整する筈がないから、こんなことが機密になるとはとても思えない。ハンギョレは庇うつもりがむしろ足を引っ張っている。
朝鮮日報は不祥事続きの康外務部長に何のお咎めもないことを問題視する。3月のマレーシア訪問では文大統領がマハティールにインドネシア語で挨拶し、4月のスペイン高官との会談では皺だらけの太極旗が掲げられ、外交部の公式ツィッターはチェコをチェコスロバキアと間違え、プレスリリースにはバルト三国をバルカン諸国と記載した等々の不祥事の落とし前はどうした、という訳だ。
外交部職員は免職の可能性が高いとされるが、朝鮮日報は「外交部が機密漏えい容疑で身内を告発したのは23年ぶりのことで、大統領府の意中を反映したものではないか」とし、「機密文書を丸ごと与党議員に持って行った事件でも刑事告発までは行かなかった」との元外交官の発言を載せている。
いずれにせよ一連の問題は、文政権自体が米国の信頼を得ていないこと、そして外交部に緊張感がまるでないこと(故意にしているのかも知れぬ)に起因しよう。それを末端職員のトカゲの尻尾切りや公表した野党議員の告発などという弥縫策で収めようと考えること自体、文政権と与党民主党が深刻な機能不全に陥っていることの証左だ。
ところが「国民の知る権利だ」とする自由韓国党に対して、文大統領が「今後、国民の支持を得て国政を担当しようと思う政党なら、少なくとも国家運営の根幹に関わる問題くらいは基本と常識を守ってもらうよう要請する」、「党利党略を国益と国家安保に掲げる政治ではなく、常識に基づく政治になってこそ国民と共に進んでいけると申し上げる」と述べたことを29日の中央日報が報じた。
これを読んで筆者は思わずのけ反ってしまった。国家運営の根幹に関る問題で基本と常識を最も守っていない人物から、どうすればこういう発言が出て来るのかと。このように自分のことはさて措くのは左の方々に良く見られる習性だが、なんでもかんでもとにかく訴えることも習性のようだ。
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2018年5月9日の中央日報は、「韓国の訴訟件数は日本の55倍」と報じている。が、記事を読んでみると韓国の検察庁関係者が「韓国の年間告訴件数は55万件なのに対し日本は1万件に過ぎない」とぼやいている。何のことはない、国民1人当たりに換算すると何と約130倍になるではないか。
元徴用工や元慰安婦の訴訟もこの延長線上にあるのだろうが、この記事で筆者が深刻に感じたのは誣告罪が多いことだ。誣告罪とは「他人に刑事処分または懲戒処分を受けさせる目的で虚偽の事実を警察署や検察庁など公務所や公務員に申告することにより成立する」(同記事)。
記事によれば、検察庁の2017年1年間の誣告罪受付人数は10,475人で、前年の9,937人より538人増え、2008年の8,550人から徐々に増える傾向だそうだ。日本の1年間の告訴件数とほぼ同じ数が、人口が半数の韓国で「虚偽の事実」に基づく告発である誣告罪に問われているとは背筋が寒くなる。
記事は、民事訴訟で解決できる事件を刑事訴訟で解決する慣行も蔓延しているというのが法曹界関係者らの共通した診断だとし、告訴人に過度に有利な現行の刑事訴訟法体系から手を入れなければならないと指摘、「先進国では告訴・告発があっても韓国のようにほとんどの捜査には着手しない」との法務部関係者の声を報じている。
筆者はまだ勉強途中だが、日本との制度の違いでいえば、憲法裁判所や行政法院の存在や電子訴訟システムの導入などが挙げられるようだ。これらが訴訟をし易くし、国民に身近なことにしているのは決して悪いことでない。が、一方で日本の訴訟件数がなぜこれほど少ないのかも気になるところだ。
ある司法シンポジウムでの中本和洋なる弁護士の話を読むと、日本国民1人当たりの裁判件数は諸外国と比べて8分の1から3分の1だそうで、「過払い金返還訴訟」を除く地裁での年間民事裁判件数約9万件は、ここ10数年間全く変わっていないとのこと。
特に、韓国が行政法院を設けている行政訴訟では、日本でも不服申し立てが年間20万件もあるのに行政訴訟は2千件しかないそうだ(ドイツは50万件と)。日本の行政裁判では、原告たる資格がないとして却下される場合が約2割ある上、行政裁量の範囲内ということで原告の勝訴率が1割しかないという。
日弁連のサイトに法曹界の人数を欧米と比較した以下のデータが載っていた。
訴訟大国の米国は別格として、仏・独・英と比べても日本は8分の1から2分の1、先述の弁護士の挙げた裁判件数と符合する。韓国のデータは別資料だが、なぜか弁護士だけは人口比で日本より少ないものの裁判官と検察官の比率は欧州3国並。訴訟件数や法曹界の人数はむしろ日本が特殊なのだろう。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。