NHKのネット同時配信はなぜ「民業圧迫」なのか

池田 信夫

NHKは今年度中にインターネットの常時同時配信を始める予定だが、これに対して民放連は強く反対してきた。その理由は「民業圧迫」だというが、これは変な話である。民放はネット同時配信をしていないので、圧迫すべき民業はないからだ。

NHK放送センター(Wikipediaより)

TVerという民放共同のオンデマンドのサイトはあるが、同時配信ではない。民放は「ネット配信はもうからない」というが、もうからないならNHKに圧迫されることもないだろう。

テレビ番組をネット同時配信するのは先進国では当たり前だが、日本では広がらない。その最大の障害は、インターネット放送は放送ではないという著作権法の規定である。

コンテンツを通信で送信するときは著作権者の許諾が必要だが、世界的に放送の著作権は通信よりゆるやかで、個別に許諾をとらなくても年間契約のような「包括契約」でいい国が多い。日本でもケーブルTVはこれでネット配信をしている。

しかし日本では2006年の著作権法改正で、IP再送信は通信(自動公衆送信)とされて個別に許諾が必要になったので、権利関係の複雑なテレビ番組のネット配信は不可能になった。地デジの再送信だけは例外として放送エリアを県域に限定して認められたが、民放はエリア内しかネット同時配信できない。

このIP再送信の規制は、民放連が文化庁に政治的圧力をかけてつくらせたものだ。地デジが全国にネット配信されると、キー局の番組を垂れ流して電波料(キー局からの補助金)を取っている地方民放のビジネスが崩壊するためだ。

地方民放は売り上げ数十億円の中小企業だが、民放連の絶対多数を占めてその意思決定を支配し、民放連は系列の新聞社の政治力を使って自民党に圧力をかけ、自民党は官僚機構を使ってネット規制を強化する――この倒錯した構造は、数の多い小国が国連の意思決定を支配する構造と同じだ。

こういう民放の古い産業構造を守ってきたのが、マスメディア集中排除原則である。これは放送法で地上波テレビ局の特定の企業の出資比率を1/3以下に規制する規定で、このためにキー局は地方民放を買収できない。

おかげでローカル広告しか収入のない地方民放は慢性的に赤字になり、その赤字をキー局が電波料(電波利用料とは無関係)として補填している。集中排除原則の目的は、放送法によれば「放送の多様性」を守ることだが、地方民放が独自に制作している番組は1割に満たず、なんら多様性に貢献していない。

しかしNHKは全国一体なので、東京の放送センターから全国にネット配信できる。これが民放連がNHKのネット同時配信に反対してきた原因だが、さすがに時代の流れには逆らえなかったのだろう。地上波テレビは衰退産業であり、もう守るべき既得権もないのだ。

通信産業や電機産業が放送に参入できない原因も、この集中排除原則である。キー局が地方民放を連結子会社にすれば著作権も一体化され、全国にネット配信できるようになる。インターネット時代にメディアの多様性を実現するのは、資本規制ではなくネットの普及である。

系列化された地方民放の独立性を名目的に守る集中排除原則は、古い産業構造を守っているだけだ。世界的にみてもメディア産業はグローバルに資本集約化しており、日本の放送業界は資本規模が小さすぎる。メディア産業の再編・合理化のためには、集中排除原則の撤廃が必要である。NHKのネット同時配信は、その突破口になるかもしれない。