朝鮮日報の6月3日の社説「決断は自分が行い責任は部下に押し付ける金正恩氏」には、筆者が新鮮な驚きを覚える記述があった。それはこの見出しが想像させる、ハノイ会談の失敗を理由にした金赫哲の処刑や金英哲の強制労働施設送りといった、如何にもありそうなことにではなく次の記述だ。(以下、太字は筆者)
韓国政府は「金正恩氏は住民の生活を改善するため核の放棄を決断した」と固く信じてきた。文在寅大統領は「金正恩氏は北朝鮮を普通の国にするという大きな決断を下した」と確信を持って語り、李洛淵首相は「北朝鮮にも民衆の生活を重視する指導者がついに現れた」と述べた。
文大統領や韓国政府の認識が本当にこの通りなら、それはトランプ大統領がこれまで表向き述べて来たことや、河野外相が先月25日に「(北朝鮮が)正しい決断をすれば制裁が解かれ、外国資本も投資も入る。金氏の選択にかかっている」と述べたことと異曲同工だ。これには大いに驚いた。
筆者は3月1日の投稿「米朝首脳会談、『これで良かったんじゃないか』と思う」に、「北の豊富な資源の活用などにも言及しつつ、包み込むように金正恩に接するトランプの態度を見ると“俺の言うことを聞けばバラ色の未来が待っているよ”と諭しているように思える」と書いた。そしてそれ以降は何が起ころうとトランプが金正恩に強く出ていないのを見て、忍耐強いなあ、と感心している。
だがよくよく考えれば、中国やイランなど他にも重要案件を抱えているトランプのこと、北朝鮮と事を荒立てずに、つまり血を流さずに収めようとすれば、これしか方法がないことは想像がつく。国連制裁もあるし、黙っていても北朝鮮からシグナルを出して来ざるを得ないと読み切っているのだろう。
そこで韓国。文大統領が「金正恩氏は北朝鮮を普通の国にするという大きな決断を下した」との確信を持っているなら、その普通でない北朝鮮にすり寄るのはおかしくないか。そのことは逆に韓国を「普通の国」でなくそうとする行為に他ならない、と筆者は思うのだ。
文大統領が「(普通の国でない)北朝鮮を普通の国にする」のではなく、むしろ「韓国を普通の国でなくする」方の証拠なら、行き過ぎた積弊清算といい、常軌を逸した反日の蒸し返しといい、余りに稚拙な外交といい、経済政策の失態といい、司法の壟断といい、それこそ枚挙に暇ない。
朝鮮日報は同じ日に「文大統領はトランプ政権についての学習から始めよ」と題する米ジョージワシントン大学の韓国系教授の寄稿を掲載し、「韓国政府が北朝鮮の擁護にばかり力を入れているとの印象を与えると、国際社会における信頼が低下し、影響力が低下する恐れがある」と警告した。
まるで筆者に、これら二つの記事をネタにブログを書いてくれ、と朝鮮日報が訴え掛けているように感じられてキーを叩いているのだが、惜しいことにこの教授の論文には最も重要なことが書かれていない。それは何かといえば、「いい加減に反日をやめよ」ということだ。
日本には文政権が韓国の世論に阿って反日政策を取っているとの論がある。が、そうではなくて、むしろ文政権が国民に反日を焚き付けていると筆者は思う。無論、火種となる世論はあろうが、声が大きい割には数が多くない勢力であって、大半は日本に特段の感情のないノンポリティカルではなかろうか。
文大統領は「金正恩氏は北朝鮮を普通の国にするという大きな決断を下した」などと他国のことを云々する前に、先ずは韓国自体を普通の国にすることだ。しかる後、そこに北朝鮮を同化させようとするなら、国際社会は韓国を信頼し、応援するだろう。
追記
筆者は前掲の投稿で「(ハノイ会談の)北の席には金英哲の強面もあった。彼の面構えも侮れない。筆者は彼の顔を見る度に、若い金正恩が本当に権力を掌握しているのだろうかと訝しい気持ちになる」と書いた手前、彼の強制労働施設送りの報を意外に感じた。
が、現在ナンバー2といわれる崔竜海も、かつて共同農場送りが噂されたがいつの間にか復活。金英哲もきっとその類だろうと思っていたら、3日の朝鮮日報が公演鑑賞する金正恩に金英哲が同行したと報じた。どうやら健在らしい。彼の面構えは張成沢辺りと違って「おっかねえ」からか。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。