龍角散セクハラ訴訟を内部通報制度の視点から考える

山口 利昭

すでにメディアが報じているとおり、製薬メーカーである龍角散の元法務部長さんが、不当解雇(解雇無効確認および損害賠償請求)で会社を提訴し、原告として記者会見も行ったそうです。

龍角散公式サイトより:編集部

昨年末の忘年会の席で、同社社長さんが業務委託契約を締結している女性の方に不適切な行為(セクハラ)を行った、との報告を女性法務部長さんが受けました。この法務部長さんが調査を行っていたところ、同社から自宅待機を命じられ、外部法律事務所のヒアリングを受けた後、「事件を捏造した」との理由で懲戒解雇処分とされたそうです(本件について、かなり詳しく報じているのは弁護士ドットコムさんの記事です)。

一方当事者による訴状をもとに各メディアが報じておりますので、事実関係の真偽を前提とした意見を述べることは差し控えます。ただ、こういった紛争の内容から、内部通報制度の運用に携わる者として、3点ほど意見を述べたいと思います。

まずひとつめは、通報に基づく社内調査は「真偽がわからないままに行われるのが当然」という大前提です。たとえ法務部長さんの調査方針に問題があったとしても、「法務部長の捏造」と結び付けるためには法務部長さんの悪意が立証される必要があると思います。

これは単に会社が外部の法律事務所に調査を依頼し、「社長のセクハラはなかった」という結論が出ただけでは懲戒の根拠にはならないはずです(社内で一件落着…ということが確定したにもかかわらず、さらに法務部長さんがセクハラ調査を続行していた、ということなのでしょうか?)。なぜ法務部長さんが積極的に社長のセクハラを調査しようとしたことと、捏造という社内の正式判断とが結びつくのか、各メディアの報じるところを読んでも理解できませんでした。

ふたつめは「第三者による相談窓口の設置」です。法務部長さんも被害者の方も要望していた、とのことですが、これは第三者が窓口を担当し、さらに第三者が調査を行うことまでを含む趣旨でしょうか?

サントリーホールディングス・パワハラ損害賠償請求訴訟事件以降、法務担当者やCSR担当者としては、徹底した社内調査をしなければ担当者自身の損害賠償責任が問われる(セカンドセクハラ、セカンドパワハラ)のがあたりまえの時代になりましたので、社長個人がなんといおうと法務部長として社内調査を徹底しなければ自分が法的責任を負う可能性があります。

これを回避するための手段としては、社内調査を含めて、内部通報の窓口を第三者機関に依頼するというのもひとつの方法です。他社も含めて、パワハラやセクハラ防止のための体制整備義務が法制化される時代になりましたので、このあたりも今後の検討課題です。

そして三つ目は「セクハラの被害者はだれか」という点です。セクハラ的な言動を受けた方が「私はセクハラとは思っていなかった」といえばセクハラは成立しないのか…という問題です。言動を受けた方が「セクハラではない」と証言しても、その周囲にいた方々が「どうみてもセクハラ」と考えているのであれば、「明日は我が身」ということで恐怖心を抱く、嫌悪感を抱くということにもなりかねず、これも職場環境配慮義務違反として社長の不正行為に含めるかどうか。このあたりも裁判で重要な争点になりそうな気がします。

たしかパワハラ事案では、「明日は我が身」と感じるようなハラスメントについて、ハラスメントの言動の対象者以外の周囲の従業員に対する損害賠償責任が認められた事案がありました。被害者を広く認めるべき、となりますと、社内調査の前提として「通報者の秘密」だけでなく、「通報の秘密」も保護する必要性が高まります。

いずれにしましても、本件は、従業員側からも、また会社側からも注目が集まる裁判になりそうな予感がします。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録  42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年6月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。