2月末のハノイで開催された米朝首脳会談が決裂した責任をとらされ、金英哲党副委員長が強制労働と再教育を受けている一方、金赫哲国務委員会対米特別代表が処刑されたと、韓国の一部メディアが報じた。
また、金正恩氏の実妹、金与正党宣伝扇動部第一副部長は謹慎処分を受けている可能性があると報じてきたが、その直後、金英哲党副委員長は2日、金正恩委員長と一緒に軍人家族の公演を鑑賞していることが確認され、米CNNによれば、処刑説があった金赫哲氏は生存が確認された。
金与正さんは3日、マスゲーム・芸術公演の開幕公演を鑑賞している写真から健全であることが判明した、といった具合だ。すなわち、韓国メディアが報じた処刑説、強制労働所送りといった北高官に関する報道は少なくとも事実でなかったわけだ。
そこでコラムの見出しのような指摘が出てくるわけだ。その答えははっきりとしている。北朝鮮が独裁国家であり、情報は国家管理されているから、「報道の自由」はないし、自由なメディア機関も存在しないからだ。ゆえに独裁者の政策を正しく掌握し、解説することは不可能に近い。北朝鮮側も恣意的にフェイク情報を流すので、情報は混乱し、時には真相が見えなくなる。
誤報したジャーナリストを擁護するわけではないが、北関連情報の真偽はごく一部の関係者にしか分からないのだ。にもかかわらず、世界のメディアは北朝鮮から漏れてくる情報をキャッチし、それを報道する。誤報の危険性を回避するために、情報源を検証すべきだ、といわれても時間も手段もほとんどない。だから、キャッチすれば即報道するケースが増える。必然的に誤報が生まれてくる。
当方は「西側情報筋」から情報を受けた時、その情報が正しいか否かを知人の北外交官に質したことがある。その時、北朝鮮の金ファミリーに近い外交官は、「君、わが国に関する報道の90%は間違っているよ」とにやにやしながら語ったのを鮮明に覚えている。また、日本メディアの北関連情報について、「多分、中国に住む北朝鮮人が金ほしさに日本のジャーナリストに語ったのだろう。いつものことだよ」と説明したものだ。
北情報は通常、その真偽を確認する手段がない。だから、報道するか、情報を保留するかの二者択一となるが、多くのジャーナリストは前者を取る。保留していても確認がとれる保証がないうえ、他のジャーナリストが先に報道するかもしれないのだ。待っておれない。
西側のジャーナリストが北関連情報を入手する道は、①西側の情報機関のリーク、②脱北者の証言、③北国内の住民たちの情報の3通りが考えられる。当方の限られた経験からいうと、①が最も情報源としては多い、②の場合は情報が偏向していることが少なくない、③の場合、報道する側も慎重にならざるを得ない。情報源の生命の危険性が出てくるからだ。情報源を守るために可能な限り、ぼかしたり、記事の発信地を変えたりする。
具体的な例を挙げる。金正恩氏の実妹の謹慎処分説だ。今回、金与正氏(30)が4月の最高人民会議(国会に相当)以来、53日ぶりに公の場にいるのが確認されたことで、謹慎処分説は誤報だったと受け取られている。
4月25日、金正恩党委員長とロシアのプーチン大統領の初の首脳会談がロシア極東ウラジオストックのルースキー島にある極東連邦大で開催された時、金与正さんは欠席した。金与正さんは3回開かれた南北首脳会談や2回の米朝首脳会談で常に金正恩氏の傍にいて会議の進行を見守る一方、休憩時に兄のタバコに火をつけるなど、てきぱきとした動きで兄を助けていた。その姿がウラジオストックでは見られなかったことから、日韓メディアに、第2回米朝首脳会談が不調に終わった責任を問われ、兄から処罰を受けたのではないかと推測されたのだ。当然の推測である。
当方はある情報筋から金与正さんがヒロポン中毒だと聞いていた。ヒロポンはメタンフェタミン類の覚せい剤で中毒性は強い。北朝鮮は国内には麻薬問題はないと豪語してきたが、実際は社会の隅々まで麻薬中毒が広がり、大きな社会問題となっている。特に、労働党幹部の家庭で麻薬中毒が広がり、党幹部の2世、3世が中毒になっている。金与正さんもヒロポン中毒だというのだ。だから、金与正さんの姿が見当たらなかったのは第2回米朝首脳会談の決裂の責任をとって、というより、ヒロポン中毒の影響ではないかと考えてきた(「金正恩氏の妹、金与正さんの『欠席』」2019年4月27日参考)。
金与正さん「ヒロポン中毒説」は現時点では確認されていない。当方にはその情報を確認する手段はないが、金与正さんの痩せぶりを見るたびに、そう思わざるを得ないのだ。
欧州で北朝鮮の動向をフォローしてきた過去30年間、スクープ情報もあったが、残念ながら誤報もあった。当方が情報の真偽を判断するときに適用する哲学は、「長い説明が付いてくる情報には気をつけろ」だ。偽りの情報は相手を説得するためにどうしても長い説明が必要となる、正しい情報は短く、シンプルだ。
今回の韓国メディアの誤報について、当方は批判する資格は全くない。当方も同じ誤報をしていたかもしれないからだ。繰り返すが、北関連情報では入手した段階で報道せざるを得ないケースが多い。事務所でゆっくりと座って熟慮してから、その真偽を判断するということはない。確認する手段も非常に限られている。今から考えれば馬鹿げだことだが、当方は昔、情報確認のために北大使館に電話し、北外交官の反応ぶりを見て情報の真偽を推し量ったものだ。
誤報を憎み、事実だけを願う読者には当方のいい方は無責任のように思われるかもしれないが、「報道の世界」は事実だけ、というのはないのだ。事実と誤報が混じりあい、ある時は事実が多く、誤報は少ないこともあるが、その逆も生じるのだ。事実と誤りの相違は考えているよりも少ないのだ。当方は北情報の取材では多くの誤報から学ばされてきた。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年6月7日の記事に一部加筆。