「ラグビーWC観戦券付きツアー」をめぐるコンプライアンス上の問題

郷原 信郎

大手旅行会社JTBが、ラグビーワールドカップ2019日本大会の観戦チケット付きツアーの販売を行っている。ネット広告には

JTBは、「ラグビーワールドカップ2019™日本大会」国内唯一の公式旅行会社です。

と記載されている。

JTBラグビーW杯チケット販売サイトより:編集部

この観戦券付きツアーには、いくつかのタイプがある。

(1)地方で行われる外国チーム同士の対戦の観戦券、宿泊、移動、観光のセット

(2)地方で行われる日本戦の観戦券と宿泊(会場からホテルまでのバス移動を含む)のセット

(3)地方で行われる日本戦の観戦券と遠隔地からのバス送迎のセット

(4)首都圏で行われる日本戦の観戦券と遠隔地からのバス送迎のセット

(5)首都圏で行われる日本戦の観戦券と首都圏からのバス送迎のセット

(6)首都圏で行われる日本戦の観戦券と宿泊のセット

試合の観戦券自体は、大会全体で販売する180万枚のうち、3月の段階で130万枚を超える購入があり、特に日本戦は入手困難な“プレミアチケット”となっている(産経新聞3月20日)。

上記ツアーのうち、(1)は、旅行会社が主催する一般的な「ツアー」と大きな差はないが、それ以外のツアーは、(2)(3)(4)(5)(6)と数字が大きくなるにつれ、「ツアー」というよりは「観戦チケットの販売」の要素が大きくなるように思える。特に、首都圏の試合についての(5)や(6)は、チケットに組み合わせられるバス移動、宿泊のサービスが、購入者にとって、本来は不要な場合も多いのではないか。

このように、入手困難な観戦チケットと、割高なバス送迎やホテル宿泊のサービスをセットで販売することに、独禁法違反上の問題など、コンプライアンス上、問題があるように思える。

「観戦券付きツアー」の具体例

ツアーの内容と料金は次のようなものだ。

例えば、9月20日に調布市の東京スタジアムで行われる開幕戦の観戦券付きツアーである【開幕戦(日本 V ロシア)1試合観戦宿泊コース(シングル1名1室利用)】は、カテゴリーBのチケット(定価3万5000円)と東京都内(新宿・渋谷・立川)のホテル宿泊がセットで11万8000円となっている

ホテルは、比較的格安のホテルで、通常であればシングル1泊1万円程度だ。試合終了時間が夜10時前頃であることから、首都圏の人であれば、わざわざ宿泊する必要があるとは思えない(「ホテルの指定はできない」とされており、希望するホテルを利用できるわけではない。)。

【開幕戦(日本 V ロシア)1試合観戦日帰り 往復送迎バスコース】が、大宮・津田沼・柏それぞれの発着で設定されているが、カテゴリーBのチケットとセットで、いずれも代金は11万円だ。これらの発着地には、試合が終了する午後10時ころにスタジアムを出て、公共交通機関を使っても、各発着地には、その日のうちに余裕で到着できる。

10月13日に、横浜国際総合競技場で行われる「日本対スコットランド戦」の場合、【宿泊プラン】は、観戦チケット(カテゴリーB:定価3万円)とシングル1名1室利用の横浜市内のホテル宿泊がセットで92,000円。【日帰りコース】は、カテゴリーBの観戦チケットと、大宮・津田沼・柏から会場エリアまでの往復送迎付で96000円だ。

横浜市内のホテルというのも、通常であればシングル1泊7000円程度の比較的安価なホテル、また、競技場は新横浜駅からそれほど遠くなく、試合終了時間は午後10時前なので、首都圏であれば公共交通機関で帰宅することも可能だ。

「抱き合わせ販売」に該当する可能性

観戦チケットの代金を定価で算定すると、組み合わせられているバス送迎・ホテル宿泊の価格設定は、通常の価格と比べるとかなり割高であり、購入者の中には、そのサービス自体が不要な人も多いと考えられる。

日本戦のチケットは、先着順による通常の売出しによる入手は極めて困難である上、来週6月14日に施行される「特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律」(「チケット不正転売禁止法」)により、国内で行われる映画・音楽・舞踊などの芸術・芸能やスポーツイベントなどのチケットのうち、興行主の同意のない有償譲渡を禁止する旨が明示された座席指定等がされたチケットの不正転売等が禁止されるために、これまでネットの転売サイトで行われていた人気チケットの高額での転売が、法律施行後はできなくなる。

つまり、一般の人にとって、プレミアムチケットを入手する方法は、観戦券付きツアー以外にほとんどないという状況になっている。そのために日本戦のプレミアムチケットを何とかして購入しようと思えば、本来であれば不要なバス送迎やホテル宿泊のサービスを一緒に購入せざるを得ない。このような販売方法は、独禁法19条が禁止する「不公正な取引方法」の一つの「抱き合わせ販売」に該当する可能性がある。

「不公正な取引方法」の行為類型を定める公取委告示(8号)では、「抱き合わせ販売」は、「相手方に対し、不当に、商品又は役務の供給に併せて他の商品又は役務を自己又は自己の指定する事業者から購入させ、その他自己又は自己の指定する事業者と取引するように強制すること」とされている。

何とかして日本戦チケットを入手したいと思っている人達に対して、通常であれば購入しないバス送迎やホテル宿泊のサービスを割高な価格でセット販売するのは、「不当に、チケットという『商品』に併せて、バス送迎やホテル宿泊という『役務』を自己から購入させ」るものであり、「抱き合わせ販売」に該当することになる。

過去の「抱き合わせ販売」の事例との比較

過去の「抱き合わせ販売」の典型例として、ゲームソフト卸売会社の藤田屋が,人気ゲームソフト「ドラゴンクエストIV」の卸売りに際し,「従来の取引実績に基づいて割り当てる本数以上の購入を望む小売業者には,在庫中の他のゲームソフト3本を購入するごとに1本を販売する」と取引先小売業者に通知した「ドラクエ事件」がある。

この事件について、公取委が調査を開始、1992年に、抱き合わせ販売を行わないことを命じる審決(排除措置命令)を下した。

また、90年代から、マイクロソフトのOSである Microsoft Windows に含まれるInternet ExplorerやWindows Media Playerなどについて、「違法な抱き合わせ販売」として問題にされていたが、1998年に、マイクロソフトがパソコンメーカー各社に対し、Microsoft Office のバンドル・プリインストールの際に Microsoft Word と Microsoft Excel をセットで販売する方針を取っていたことについて、公取委から勧告審決を受けた。

「抱き合わせ販売」が「不公正な取引方法」として独占禁止法で禁止されるのは、競争力のある商品・役務の販売に際して、競争力のない商品・役務(被抱き合わせ商品・役務)が抱き合わせられることによって、被抱き合わせ商品・役務をめぐる競争が歪められるからだ。

上記のドラクエ事件では、人気ゲームソフトと在庫ゲームソフトが抱き合わせられることで、競争力のない商品に対する需要が不当に作り出されることになり、本来、その商品・役務の品質・価値と価格の相関関係によって行われるべき競争の機能が阻害された。

今回の「観戦券付きツアー」では、日本戦観戦券が「人気ゲームソフト」、バス送迎・ホテル宿泊のサービスが「在庫ソフト」に相当することになる。

JTBの「観戦券付きツアー」については、チケットの需要者が、それに付随して必要となる自宅から競技場までの輸送サービスの選択に関して、本来であれば、JRや私鉄などの鉄道など他の手段を選択することもできたのに、往復で6万円以上という(チケットの定価を前提にすると)法外な価格でのバス送迎のサービスの購入を強制されることになる。また、本来であれば、ホテル宿泊の必要がない場合でも、割高な価格で、東京都内や横浜市内でのホテル宿泊のサービスの購入を強制されることになる。

それによって、競技場と各都市間の旅客輸送サービスをめぐる競争や、東京都内や横浜市内のホテル宿泊サービスをめぐる競争に影響が生じる。特に、ホテル宿泊については、本来であればホテル宿泊の需要者ではないチケット購入者に対しても、当日の東京都内や横浜市内のホテル宿泊が供給されるために、ホテル宿泊の市場にとっては料金の上昇要因になる。それによって「公正な競争を阻害するおそれ」があり、独禁法上の違法性が根拠づけられる。

「社会的要請」との関係

このように不要な、或いは非常に割高な価格でのバス送迎、ホテル宿泊がセットとなった「観戦券付きツアー」だが、昨日(6月6日)のネットでの発売直後から申込みが殺到したようだ。JTBのサイトには、以下のような「お詫び」が掲載されている。

2019年6月6日12時30分頃からラグビーワールドカップ第4弾観戦券付ツアー販売開始によるアクセス集中により、サイトが非常に繋がりにくい状態となりました。そのため受付を停止させていただき、現在復旧作業を行わせていただいております。皆様に大変ご迷惑をおかけし、深くお詫び申し上げます。

JTBの「観戦券付きツアー」には、上記のような独禁法の「法令遵守」の問題とは別に、私がかねてから強調してきた「社会的要請に応える」という意味でのコンプライアンスの観点からも問題がある。

まず、ホテルの宿泊サービスを無駄にすることによる「社会的損失」を生じる可能性である。地方から上京してラグビー観戦をする人にとっては、試合後ホテルに宿泊することのメリットもあるだろうが、日本チームの試合のチケットをどうしても入手したいという首都圏の人が(6)のツアーを購入した場合に、チケットと抱き合わせられるホテル宿泊は不要で、実際には宿泊しない人も多いと思われる。それによって、首都圏のホテル宿泊のサービスが一定数無駄になるという「社会的損失」が生じることになる。

また、4年に1回のラグビーワールドカップ、「日本では一生に一度」(RWCのCM)のワールドカップである。多くのラグビーファンが、予算の範囲内で、少しでも多く試合を観戦したいと思うはずだ。そういうラグビーファンにとって、日本チームの試合のチケット取得のために、不要な宿泊やバス移動を含む高額のツアー代金を支払わされることで、その分、日本戦以外の観戦チケット購入に充てる予算が限られることになる。それは、全試合のチケット完売をめざす主催者側の販売方針に反することにもなりかねない。

そもそもJTBは、「ラグビーワールドカップの国内唯一の公式旅行会社」であることをアピールしているが、観戦チケットを、どのようなルートで、どのような価格で入手しているのだろうか。

JTBは、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(会長:森 喜朗氏)と「東京2020スポンサーシッププログラム」において「東京2020大会オフィシャル旅行サービスパートナー」として契約を締結している。ラグビーワールドカップと同様のツアー販売が、2020東京オリンピック・パラリンピックでも行われる可能性がある。

一生に一度のスポーツの祭典である。観戦の機会が、少しでも多くの国民に公平に与えられるべきであろう。ワールドカップの主催者の組織委員会側と特定の企業とが癒着し、企業の利益が優先されているかのような疑惑を招くことはあってはならない。

JTBが謝罪すべきは、「アクセスが集中したことによる販売停止でご迷惑をかけたこと」ではない。「プレミアムチケット」とバス送迎、宿泊とのセットで販売するために、大量のプレミアムチケットを確保したこと自体にコンプライアンス上問題があるように思える。未販売のツアーについては、確保しているチケットを主催者側に返還し、チケットだけの購入の機会が希望者に公平に与えられるようにすべきではなかろうか。

郷原 信郎 弁護士、元検事
郷原総合コンプライアンス法律事務所