コンビニの深夜営業と独占禁止法

楠 茂樹

2019年4月24日の公正取引委員会の事務総長定例記者会見で山田昭典氏は以下の通り述べている。

….24時間営業を本部が決めているからということで、一概に独占禁止法上の問題になるというものではないというふうに理解しておりますが、その一方で、契約期間中に事業環境が大きく変化したことに伴って、取引の相手方が、この場合には、オーナー側ということになると思いますけれども、優越的地位にある者に対して、契約内容の見直しを求めたにもかかわらず、その優越的地位にある者が見直しを一方的に拒絶することが、独占禁止法に規定します優越的地位の濫用の一つの形態であります「取引の相手方に不利益となるように取引を実施すること」、それに該当するというような場合には、独占禁止法上の優越的地位の濫用に当たるということになります。

この記者会見と同じ日、朝日新聞は次の通り報じている(「コンビニ24時間、見直し拒否で独禁法適用検討:公取委」)。

公取委の複数の幹部によると、バイトらの人件費の上昇で店が赤字になる場合などに店主が営業時間の見直しを求め、本部が一方的に拒んだ場合には、独禁法が禁じている「優越的地位の乱用」にあたり得る、との文書をまとめた。

Koenig/写真AC(編集部)

コンビニの本部(フランチャイザー)と各コンビニ(フランチャイジー)との関係は、確かに優越的地位に立つ側と立たれる側になり易く、独占禁止法における優越的地位濫用規制の適用対象としてはイメージし易い業態の一つである。

今から10年ほど前、セブン-イレブン・ジャパンが、独立事業者である加盟店主に対して消費期限直前の弁当等の値下げ販売を妨害していたとして、公正取引委員会は優越的地位濫用規制違反で排除措置命令を下している。また、フランチャイザーとフランチャイジーとの間の契約は、両者間に存在する情報格差から説明義務違反の問題が生じ易く法的紛争が絶えない。

深夜営業の強要の問題は、かつてからしばしば指摘されていたことではあるが、大阪府東大阪市でセブンの店舗が深夜営業取り止めたケースがきっかけとなって大々的に報じられるようになった。同店舗が、オーナーの判断で今年2月1日から深夜営業を止め19時間営業に変更したところ、本部から24時間営業に戻さなければ契約を解除し、違約金約1700万円を請求するとの通告があったとのことである。このケースが大きく報じられることにより、再び独占禁止法上の優越的地位濫用規制が注目されることとなった。

コンビニの深夜営業、24時間営業をめぐっては、過去に(光熱費の料金等の)収納代行の要請も併せて、セブン―イレブン・ジャパンを相手取ってなされた民事訴訟においてその優越的地位濫用規制違反の有無が争われている。そこでは原告(フランチャイジー)側の敗訴で終わっている。

一審である東京地裁判決は、24時間営業や収納代行が提供されないと当該コンビニ(ブランド)のイメージが損なわれることは避けがたく、加盟店にはその提供義務があると認定した。二審である東京高裁判決もこれを支持した(最高裁が上告棄却決定し確定)。

今問題になっているケース(あるいは今後出てくるだろうケース)が、過去に争われたケースと前提条件が同じかどうかは分からない。拙速な評価は避けるべきだろう。ただ、フランチャイジー側の経営上の困難の原因が契約時におけるフランチャイジー側の見通しの甘さにあるのであれば、優越的地位濫用の問題にするべきではない、ということは指摘しておきたい。「濫用」の射程が過度に拡大されることになり、契約社会それ自体を危機に陥れてしまう。優越的地位濫用規制は契約の自由の重要な修正ではあるが、それが契約の自由の根幹を脅かすことになれば、本末転倒である。

一方、フランチャイザー側の自己都合による一方的な不利益の押し付けなのであれば優越的地位濫用規制の発動の場面であることに異論はなかろう(立法論としての議論の余地はあるが)。

問題は外部環境の変化によってフランチャイジー側の業務に支障が生じたような場合である。冒頭の公正取引委員会事務総長の発言中、「契約期間中に事業環境が大きく変化したことに伴って」とあるのは、まさにどちらの責任でもない環境の変化が問題とされているのである。

ただ、この発言は「見直しを一方的に拒絶すること」を問題にしており、何らかの協議の場を設けて討議し、その結果としての解除通告、違約金請求ということなのであれば、問題はないという読み方も不可能ではない。しかし、フランチャイザー側が自分にとって不利益な契約内容の変更に簡単に応じるとは考えにくい。「話し合いに応じた」(手続きを踏んだ)という「アリバイの有無」の問題なのであれば意味のある条件付けではない。

公正取引委員会がコンビニ業界の実態調査に乗り出すとの報道が数日前にあった(「コンビニの実態、公取委調査へ:24時間営業で店主疲弊」朝日新聞デジタル)。公正取引委員会がこの問題について具体的にどう判断するかは、今後注視しなければならないが、ここでは以下の点に留意しておきたい。

コンビニが直営ではなくフランチャイズの形で独立した事業者に経営させているのは、(その一定割合は)「リスクの外部化(分散)」のためにあるといえる。つまり失敗のリスクを自ら抱え込むのではなく、契約を通じてリスクコントロール(マネジメント)できるところにメリットがある。

公正取引委員会の判断次第では、その形態に変化を生じさせることになるかもしれない。一気に直営化が進むとは思えないが、リスクを外部化できないと判断されたフランチャイズ契約はそもそもの契約締結が見送られ、あるいは既存のものについては(合法的な形で)既存の契約が解消の方向に向かうかもしれない。

コンビニの24時間営業、深夜営業はブランドとしての基本的属性であり、それを止めてしまえばビジネスの根幹に関わる、との見解がある。上記の裁判例もそのような発想を前提にしたものだ。それはブランドのマネジメントにも影響する。あるコンビニブランドの一部の店舗が24時間営業、深夜営業を行わないとなるのであれば、フランチャイザーは自らのブランド維持のために、意図的な差別化に打って出るかもしれない。

つまり24時間組とそうでない組(サブ・ブランド、姉妹ブランド)の使い分けである(そもそも大手ブランドのコンビニも初期の段階では24時間営業ではなく、「朝から夜までやっている(それこそ朝7時から夜11時まで)」ということが売りだった)。当然、営業時間以外の契約諸条件も異なってくる。

ただ、この問題は労働環境の適正化の問題でもある。解決は簡単ではない。

(立法のみならず公正取引委員会のような行政による対応を含む)法的環境の変化は経営戦略やマーケティング戦略に重大な影響をもたらす。部分的に正しい(と思われる)対応をしたところ、思わぬ副作用が生じる可能性もある。ある特定の人々(業者)を救おうとして、却ってそうした人々(業者)の不利益になってしまうこともあるかもしれない。優越的地位濫用規制はその蓋然性が高い法的規制の一つであるということは、もっと強調されてよいと思う。

楠 茂樹 上智大学法学部国際関係法学科教授
慶應義塾大学商学部卒業。京都大学博士(法学)。京都大学法学部助手、京都産業大学法学部専任講師等を経て、現在、上智大学法学部教授。独占禁止法の措置体系、政府調達制度、経済法の哲学的基礎などを研究。国土交通大学校講師、東京都入札監視委員会委員長、総務省参与、京都府参与、総務省行政事業レビュー外部有識者なども歴任。主著に『公共調達と競争政策の法的構造』(上智大学出版、2017年)、『昭和思想史としての小泉信三』(ミネルヴァ書房、2017年)がある。