イギリスからみた日本のテレビ、その未来(後編)

中村 伊知哉

民放連の英国調査、つづき。
プラットフォーム、IPクラウド化、データ利用。
10年後のテレビ局の構造を左右するこの3ポイントを探りました。

1.プラットフォーム

ネット配信が根付いた英国だが、ビジネスの行方は。取り分けテレビ局が集うプラットフォームの可能性と、OTTとの競合関係はいかに。日本はラジオはラジコでプラットフォームができましたが、テレビはまだ。日本のテレビ局にとっても差し迫った課題と考えます。

かつてBBC+民放のネット配信「カンガルー」構想を英競争政策当局(日本の公取)がストップしました。しかし今、ネットフリックスなどOTT対抗策として、BBC+ITVによる「ブリットボックス」が推進されており、Ch4など他の放送局も合流する気配です。

2007年からBBCのiPlayerなどVODが始まり、民放も追従してきた。当初はYouTubeへの対抗策で、YouTubeが60%のシェアを占めていたが、今は8%にまで下がった。一方、2012年以降、ネットフリックスやアマゾンが参入、これに放送局がブリットボックスで対抗しようとしているのです。

一方、VirginMediaのようなケーブル会社は、有料テレビのチャンネルから、VODによるコンテンツ=サービスへとシフトし、その中でネットフリックスやアマゾンを取り込んでいく戦略。視聴者はキャリアを選ぶのではなくコンテンツを選ぶ。改めて「コンテンツ」戦略がクローズアップされています。

プラットフォームよりもコンテンツ・アグリゲータないしコンテンツ・ゲートウェイが重要になるという見立てです。米OTTはコンテンツ制作に大量の資金を投下し、コンテンツ囲い込み戦略に動いています。英国にも日本にも、脅威に映ります。

ネットフリックスは日本アニメにも力を入れてますもんね。ただ、これに対し日本の放送局からは、そうして制作するコンテンツは海外市場向けであり、国内市場への影響は少ないとの声も。それよりも資金投入によってコンテンツ制作のコストアップに跳ね返るほうが脅威だといいます。

ローカル局はどうする。グラスゴーのSTV(ITVとともに構成するチャンネル3のスコットランド・ローカル局)は、テレビ放送もネット配信も同じスコットランド地域を担当しCM収入を得ています。いわば道州制の棲み分け。県域単位で多数の局がひしめく日本とは事情が異なります。

NHK+キー局によるテレビ番組のプラットフォームをOTT対抗策として用意すべきか。できるのか。県域ごとにテレビ局が存在し、その局数も異なる日本で、エリア分けを含め、どう整理するのか。この問題、15年ほどの検討期間がありながら、まだ落とし所がありません。でも時間はもうない。

2. IPクラウド化

「BBCは10年後、地上波の放送をやめる意向だ」という衝撃的な噂が流れていました。2006年総務省のいわゆる竹中懇で「オールIP時代の放送」つまり全てネットを基盤とする放送を展望しようとして物議となりましたが、英国では現実問題として進行している気配。

英国はハード・ソフトが分離されています。電波を送出するハード主体と番組を編成するソフト主体とが別組織。TBS電波とTBS番組が別会社、って感じ。

そのハードのうち送出(プレイアウト)を担う会社「Red BEE」は英国テレビの80%相当のチャンネルを送出しています。ちなみに送信網はArqivaという別の会社が所有・運営しています。

2003年、BBCの送出部門分離から始まり、民放も請負い、フランスなどの送信にも広がり、2014年からエリクソン傘下となっています。電波の免許を持っているわけではなく、免許は放送局とマルチプレックスが持っているとのことなので、局からの業務委託による擬似的ないし実質的な分離ですね。

日本は竹中懇での議論の結果、紆余曲折ありながらも、放送法・電波法・電気通信事業法・有線テレビジョン放送法などなど10本程度の法律を大改正し、放送のハード・ソフト分離を選択できる規制緩和を断行しましたが、それを適用した放送局はほぼなく、基本はハード・ソフト一致です。

ただ、電波の送出機能をエリア毎に、ないし系列ごとに束ねたり、さらにはネット配信部門を切り出したりする経営もあり得る。スカパーなど衛星ではハード・ソフト分離ですし。経営戦略の選択肢として練っておくべきポイントです。

でも今回、Red BEEで見たものは、そのうんと先を行くものでした。全てのコンテンツをIPベースのクラウド環境でソフトウェア管理するシステムを実装していたのです。アマゾンAWSにコンテンツを乗せ、電波、ケーブル、OTT、あらゆるネットワークで、テレビ、スマホ、PC、あらゆるデバイスに送る。

オールIP、オールクラウド。マルチネットワーク、マルチデバイス。コンテンツ管理、加入者管理・課金、それらのマネジメントサービスも一体。
そうなるよね。だけどまだ先だよね。と見ないフリをしていたものを見せていただいた。
どうですニッポンのテレビ局様もこれにお乗りになっては。という営業。

オールIP☓クラウド。マルチネットワーク☓デバイス。遠からずこの潮は来ます。日本は欧州や米国が用意するこうした環境に乗り、世界市場もにらんで事業展開の絵を描くのか。国産のIPクラウド環境を自ら構築する気概を見せるのか。何もせず各社バラバラの対応に委ねるのか。これも時間がない。

3.データ利用

AI時代はデータ主導。ネットフリックスのヘイスティングスCEOは、ユーザーの嗜好を2000にまで細分化・整理し、世界中のコンテンツから個々のユーザーに適した動画を推薦しているという。日本でもネットCMの8割はターゲティング広告で、つまり視聴者のデータが主導するビジネスとなった。

総務省の放送諸課題検討会報告でも「融合サービス推進」として映像配信と並び「視聴データ活用」が重要項目として挙げられています。すべての産業がデータ主導に構造が変わる中で、放送は全国民をユーザとしながらデータを使えていません。通信・放送融合よりうんと高速に押し寄せている波です。

英国では「Digital UK」というNPOが地上デジタル放送の統一プラットフォームFreeViewを運営するとともに、そのネット版であるFreeviewPlayを運営し、そこで得た視聴データをテレビ局に渡す仕事をしています。

FreeviewPlayをコネクテッドテレビに実装してもらうために、機器メーカ(シャープ、パナソニック、ソニーなど日本企業を含む)らの規格をコミュニティとして結んでいます。

このデータ・プラットフォームが得る視聴データは各放送局に返し、各局が囲い込んで家庭ごとのプロファイルでCMを分けるといったビジネスに利用できる。このコミュニティによるエコシステムも米OTTへの対抗策だと言います。

ただ、視聴データを集め、全放送局にデータを販売・シェアしたいものの、一般データ保護規則GDPRで難しくなったという恨み節も。ブレグジットでGDPR外れたらいいんですかねと聞いたら、そしたら英国から視聴者がいなくなってるんじゃないか・・いう切り返し。冗談か本気かわかりませんでした。

さて、この3点。日本型のモデルは構築できるでしょうか。難しいでしょうか。
まだそこまで頭の整理ができていません。
でも、通信・放送融合のレベルをうんと超えた地平での戦略が必要になっている、ということはしかと認識しました。
大きな宿題です。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2019年6月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。