現実味を帯びてきた「日韓朝中蒙ロ」間の国際電力網

酒井 直樹

自然エネルギー財団サイトより

北東アジアスーパーグリッド構想をめぐる各国の動きが俄かに活発になってきた。これは、ロシア極東部で手付かずの膨大な水力発電資源と、モンゴルの太陽光・風力発電資源を中国・北朝鮮・韓国を通じて日本に送るという壮大な構想だ。

日本では、東日本大震災による福島第一原子力発電所事故の直後、ソフトバンク会長の孫正義氏が立ち上げた日本自然エネルギー財団の国際会合で氏自身により発表された。

日本ではあまり報じてられていないが、今週モンゴルで、この実現の可能性を討議する関係国政府間会合が開催された。その前に、モンゴルバトトルガ大統領は中国を訪問し約束を交わしている。

JETROニュース:「北東アジアスーパーグリッド」構想実現のため、調整機関設立を提案

モンゴルのバトトルガ大統領が4月24日から中国を公式訪問し、習近平国家主席と会談した。会談では、2019年10月で国交樹立70周年を迎える両国関係が、過去の努力の成果によって全面的戦略パートナーシップに進化していることを強調し、今後もこの関係を継続的に発展させ、互恵的協力関係を強化することで一致した。また、バトトルガ大統領が提案した「北東アジアスーパーグリッド」構想(2016年11月17日記事参照)に対して、中国側が賛同を表明した。

この構想は絵としては大変綺麗だったが、日本国内ではこの8年間あまり真剣に取り上げられて来なかった。

ところが、ここに来て中国の天津と韓国の釜山を海底ケーブルでつなぐいわば部分開通の工事を来年にも始める可能性が高まっている。釜山まできたら、対馬海峡を挟んで、日本は目と鼻の先だ。

アジアスーパーグリッド(日本自然エネルギー財団ウエブサイトより)

それは、以下のいくつかの要因が入れ小細工のように複雑に絡まっていたためだ。

まず、エネルギー安全保障の視点だ。ロシアのガスプロムによる欧州へのガス供給パイプラインの栓が、ウクライナをめぐる緊張が高まった時に、ウクライナやドイツの手前で閉じられ、欧州がいわばエネルギー兵糧攻めにあったことは記憶に生々しい。日本の電力供給への生殺与奪の権利を、ロシア・中国・北朝鮮・韓国のいずれにも握られてしまうのはリスクが大きすぎる。

次に、外交的覇権争いの視点だ。この中国をハブとして北東アジアを通貫して日本に至る「電気の路」は、まさに中国の掲げる一帯一路そのものであり、その対抗軸として自由と繁栄のインド太平洋の弧を目指す日本には受け入れがたい。

3つ目は、たとえ対馬海峡に海底ケーブルを渡してみても、日本国内の送電網が10の電力に別々に管理されていて、一部の連携線を除いて物理的に分断されているので、本州を貫くことは技術的にも商業的にも難しい。

4つ目は、少なくとも現時点では、日本においては太陽光発電も含めて発電所の設備容量が十分にあるため、新しい電気の流入が増えると、既存発電所の採算性が低下することだ。これは最終的には、国民の負担増につながりかねない。

5つ目は、原子力か再生エネルギーかというイデオロギー的二者択一論を惹起しかねないことだ。

一方で、他国の事情に目を転じると、北東アジアスーパーグリッドにとって追い風な要因が多く見られる。

ロシアも、化石燃料の輸出に頼っていたモンゴルも経済状況が悪化しており、電気を売ることで少しでも外貨を稼ぎたい筈だ。であるならば、買い手の交渉力が高まり、電気の購買価格を下げることが可能になる。

中国はPM2.5による大気汚染が深刻で、それがソウルにまで影響を与えていて、他国から電気を買って、火力発電を少しでも減らすことは国益だ。

韓国にとっては、文在寅政権が半ば強制的に、韓国電力公社への財政支援を打ち切ったため、同社の経営状況は悪化していて、新機軸を打ち出す必要に迫られている。北朝鮮と中国をインフラとして繋げるのは文在寅政権の悲願であり、しかも日本とつなぐといえば、米国にも睨まれずにバランスを保つことが出来る。技術的には、電力が、全国から一極集中都市ソウルに流れると系統が不安定になるが、釜山で電力の出し入れができればその安定化につながる。

一方で、現在の日本の電力セクターの状況を鑑みると、ヨーロッパのような多国間連携線を建設する事はあながち悪い選択とは言えなくなっている。

まず、喫緊の課題である九州電力管内に集中する太陽光発電の出力抑制をある程度回避できる。モンゴルと九州は遠く離れ日照状況が異なるので、九州で供給過多になった場合、国際送電網を使って大陸に流せるし、幾らかの値段もつく。揚水発電所を新設するより投資効率が良い。

次に、分散型再生エネルギー電源が配電網に多く配置されるようになると、上位の送電網のトラフィックが減り、系統も不安定化することが懸念されるが、海外から流れてくる電気がそれを補い系統を安定化させる。災害大国である我が国では、電力供給の強靭性(レジリエンス)が求められていて、それは集中的送電網からの上からのレジリエンスと、いざという時に蓄電池や非常用電源が稼働する下からのレジリエンスのベストミックスによって達成される。そこで政府は電力会社の垣根を超えた全国大の需給調整市場を拡充させているが、国際連携網は、さらにその上の上位系統と繋がり、強靭性は一層高まるだろう。

最後に、これが最も重要なのだが、今後、分散型電源の大量導入が一層進むものと思われるが、そうなると基本的には電力は地域で地産地消され、国のエネルギー自給率どころか地域の自給率が高まる。電気自動車が大量導入されると、電気の消費量はさらに増えるが、電気自動車のリチウムイオン電池をバッファーとして、その分太陽光発電はますます増える。

そうすると、上位の電源は基本的には予備的なバックアップとなるので、もし仮に国際連携線の蛇口を閉じられてもあまり怖くは無い。むしろ、釜山まで電線を独断で引っ張ってきて、日本に電気の購買を求めた時に「安くなければ買わない」と日本が突っぱねるとそれまでの膨大な設備投資が無駄になるので、その他の国は交渉に応じざるを得ない。したがって日本はバックアップ電源を好きな時に、好きなだけ、好きな値段で買うことができるようになる。

なので、日本はこうした各国の積極的な取り組みへの判断を保留し、優位な立場に立つべきである。

株式会社電力シェアリング代表 酒井直樹
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