6月9日に100万余(主催者発表)が参加したとされる香港のデモは、香港特別行政府の林鄭長官が15日に逃亡犯引渡条例改正の延期を声明したにも拘らず、翌16日には9日をさらに上回る200万規模(同)の抗議デモが行われた。香港の混乱は一向に収まる気配がない。
そのはずで、BBCニュースによれば林鄭長官は15日の会見で、「我々の作業に問題があったことに加え、そのほか様々な要因が重なり、相当の物議を醸してしまったことに、深い悲しみと遺憾の意を覚える」「いったん立ち止まり考えるよう」政府に求める香港市民の声を聞き取ったと述べ、「説明と意思疎通」が不十分だったことを認めたと報じている。
つまり、「説明と意思疎通が十分」だったならデモは起きなかった、と聞こえる。しかも「延期する」との趣旨だけで、デモ隊が求めている「撤回」に言及していない。これでは「デモ隊は改正の中身を理解していない」といっているも同じで、これほど馬鹿にした話はない。デモが収まらないのは当然だ。
16日の中国環球時報は「Central govt supports HK’s decision(中国政府は香港の決断を支持する)」との見出しで、報道官が「We support, respect and understand this decision(我々はこの決断を支持し、尊重し、そして理解する)」と述べたと報じた。
17日の中国日報の「HK parents march against US meddling(香港の親たちは米国の干渉に反対して行進)」との見出し記事は、9日を大幅に上回る200万人デモがあったことには触れずに、デモ参加者の「親」へのインタビューで、「米国の扇動で我が子がデモに巻き込まれている」との趣旨を語らせている。
筆者が苦笑したのは中国報道官の「We support, respect and understand this decision」。なぜなら1972年9月の日中共同声明で、中国が「台湾は中国の領土の不可分の一部であると表明した」ことを、「日本国政府は、この中国政府の立場を十分理解し、尊重し…(The Government of Japan fully understands and respects this stand of the Government of the People’s Republic of China…)」と述べたのと同工異曲だからだ。
外交などでの「respect and understand」なる言い回しが、「本音と違うことをいう時の常套句」なのは、日中共同声明後の以下の大平談話で明らかだ。
日本は台湾の帰属につき権利を放棄している。従って台湾の将来はサンフランシスコ平和条約を結んだ連合国の手中にあるが、連合国は何ら決定を行っていない。かかる状況の下において、日本は、台湾を中共の領土と認める立場にない。しかし、北京の「台湾は中国の不可分の一部」との主張に対しては、これを理解し尊重することはできるが、これ以上は出られない。
「米国の扇動による抗議デモ」の記事も、林鄭長官の「説明が不十分」と同じく香港人を馬鹿にした話だ。他にいいようがないのかも知れぬ。が、「香港人の若者には理解力も主体性もないので、扇動に乗せられて抗議デモしている」と聞こえるようないい様だ。火に油を注ぐに決まっている。
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筆者は、かつてソ連がそうだったように、中国の共産党独裁体制が崩壊し、それに乗じて「独立」することでしか香港の本質的な問題解決はないと思っている。それは台湾にも同じことがいえる。その意味では目下、中国に猛烈に攻勢をかけているトランプ政権に期待するところ大だ。
そこで1984年9月に署名された香港返還に係る英中共同宣言(Sino-British Joint Declaration)を見ておきたい。そのポイントである第3条「香港に対する中国の基本方針」を以下に要約する(太字は筆者)。
- 中国は憲法第31条の規定に従って香港特別行政区(以下、香港SAR)を設立する。
- 香港SARは中国中央政府の直轄機関となり、中央政府の責任である外交と国防を除いて高度な自治権を享受する。
- 香港SARは、行政管理権、立法権、独立した司法権と終審権を享有する。現在の法律は基本的に変わらない。
- 香港SARは地元住民で構成さる。行政長官は、選挙または現地で開催される協議に基づいて中央政府によって任命される。
- 香港の現行の社会・経済制度は変わらず、生活様式は変わらない。香港特別行政区は法律に基づき、人身、言論、出版、集会、結社、旅行、移転、通信、罷業、職業選択、学術研究、宗教信仰の諸権利と自由を保障する。個人財産、企業所有権、合法的相続権および外部からの投資は、いずれも法律の保護を受ける。
- 香港SARは、自由港と独立関税地区の地位を保持する。
- 香港SARは国際金融センターの地位を維持し、外国為替、金、証券および先物の市場は継続する。
- 香港SARは独立した財政を持つ。中央政府は香港SARに課税しない。
- 香港SARは英国および香港に対する経済的利益が尊重される他の国々と相互に有益な経済関係を築くことができる。
- 香港SARは、「中国香港」の名称を使用して、自ら経済的、文化的関係を維持発展させ、州、地域及び関連する国際機関との間で適切な協定を締結することができる。SARは香港への出入国のための旅行書類を自ら発行することができる。
- 香港SARにおける公の秩序の維持は、香港SARの責任となる。
- 中国の香港に対する前記の基本的な方針、政策及び本共同声明の第一付属文書の前記基本方針、政策に対する具体的説明については、中国全国人民代表大会が中国香港特別行政区基本法で規定すると共に、50年間は同規定を変えない。
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そこで「独立」の話になる。普天間基地の辺野古移転に反対する者の中には沖縄独立論者が居るらしいし、先般の知事選では北海道独立を主張する候補もいた。沖縄や北海道の住民の一部がそれを唱えたところで、独立など出来るはずがないとは思いつつ、「国家の要件」を知る者は筆者を含めて多くない。
「国家の要件」とは何かは、一般に「モンテビデオ条約」と呼ばれる「国家の権利及び義務に関する条約」(1934年12月発効)に書いてある。それは、a 永続的住民、b 一定の領土、c 政府、そしてd 他国と関係を取り結ぶ能力、の4項目とされる。
この4項目を「現代国際法講義(第4版)」(有斐閣)は次のように解説している。
a 永続的住民とは、人種、言語、文化などが同じかどうかを問わず、一つの社会を構成している個人の集合体をいう。永続的住民は、通常、国籍によって国家と結びつけられる。
b 一定の領土は、住民が定住する空間である。領土の境界は、必ずしも詳細明確に確定される必要はない。たとえば、イスラエルは政府樹立のとき領土が確定せず、またその後、領土の変更がある。
c 政府は、領土及び住民を実効的に支配する政府でなければならない。
d 他国との関係を取り結ぶ能力は、主権、特に対外主権つまり対外的に独立であることを意味する。大概主権は、条約締結権、外交使節派遣権、戦争権などの形であらわれる。
英中共同宣言12項目を見ると、香港に「国家の要件」に欠けるものがないことが判る(沖縄や北海道は論外)。まして1979年に脱退するまで国連の常任理事国であった台湾にそれらが備わっていることは論を俟たない。むしろ憲法九条で交戦権を認めていない日本の方が欠陥国家ではあるまいか。
が、香港も台湾も国際的には独立国ではない。これは一義的には中国の意向に由る。が、国際社会がそれを許していることにも原因があろう。国家の承認とは、新しく成立した政治的実体に対して、既に存在する個々の国家が国家としての基本的な義務と権利と認めることだ。
しかも国家の承認は、承認する側の一方的な意思表示であり、承認される側の同意は必要ないとされる。我が国が承認していない北朝鮮を164ヵ国が承認し、台湾と国交のある国が蔡英文政権誕生以来5カ国も減って19ヵ国しかなくなったことによっても、そのことが知れる。
一足飛びに国家承認せよとはいわない。しかし、自由と民主主義と人権尊重を標榜する日本なら、同盟する米国と歩調を合わせて、香港や台湾の側に立つ意思を議会で表明するなり、国内法を整備するなりくらいはするべきではないか。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。