中東バーレーンの首都マナマで25日から2日間の日程で米政府主導の「パレスチナ経済会合」が開催された。同会合はトランプ大統領の娘婿、クシュナー大統領上級顧問がオーガナイズしたもので、会合は「平和から繁栄へ」(Peace to Prosperity)と題され、各国政府、企業家らが集まり、「パレスチナの人々と地域のための発展的な未来への野心的で、達成可能なビジョンと枠組みについて話し合う」という。具体的には、米政府が提案したパレスチナ経済支援案(総額500億ドル)を関係国と協議することだ。
クシュナー上級顧問は、「今回の会合は世紀の機会(The deal of the century)」と強調したが、パレスチナなど中東諸国では会合の信頼性に疑問を呈する声が強い。パレスチナ自治政府は同会合をボイコットした。レバノンとイラク両国もパレスチナと共同歩調を取り、会合には欠席。ヨルダンとエジプト両国は代表団のランクを落として派遣した。
トランプ大統領は政権発足からイスラエル支持を明確にし、エルサレムをイスラエルの首都とみなし、米大使館をテルアビブからエルサレムに移動し、イスラエルが1967年の第3次中東戦争で占領してきたシリアのゴラン高原をイスラエルに帰属すると認知する一方、昨年、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への拠出を停止し、パレスチナ側に経済的圧力を強めてきた(ニューヨークの国連本部で25日、UNRWA支援会合が開催され、計1億1000万ドル=約118億円以上の支援が表明されたという)。
パレスチナ自治区の経済状況は厳しい。ここ数年は経済成長率はゼロ、失業者は住民の3人に1人、特に、青少年層では3人に2人ともいわれる。国際社会からの経済支援が急務な状況だ。ヨルダン川西岸、ガザ地区は難民であふれ、ガザ地区ではイスラム根本主義組織ハマスが実効支配し、経済は事実上崩壊している。
そこでトランプ政権は総額500億ドルのパレスチナ経済支援計画を公表し、サウジアラビア、湾岸諸国から支援拠出を期待しているわけだ。問題は、米国主導のパレスチナ経済支援会合がパレスチナ側から歓迎されていないことだ。
パレスチナ事情通は、「トランプ政権の中東和平案の基本トーンは平和も買収できるというものだ。換言すれば、トランプ流の中東和平案はパレスチナ民族の歴史を無視し、金をちらつかせてパレスチナ人の心をつかもうとしている」と受け取っている。現地からの外電によると、パレスチナ自治区の各地で経済支援会合に反対するデモが行われた。
イスラエルに長く住んでいた故郷から追放され、難民となったパレスチナ人にはイスラエル民族への憎悪や恨みが山積している。クシュナー上級顧問は、「イスラエルとの和平交渉に同意するならば、さらなる繁栄が約束されている」と述べている。トランプ米政権はパレスチナ民族の帰還の権利すらドルをちらつかせて買収しようとしていると受け取られ、多くのパレスチナ人の反発を買っているわけだ
今回の会合は経済支援がテーマだった。イスラエルとパレスチナの共存問題など「政治会合」は、イスラエルで選挙後の新政権が発足してから開催されることになっているが、ネタニヤフ右派政権が政権を維持できなければ、クシュナー氏の中東和平案の行方は分からなくなる。
パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長は、「パレスチナは経済支援、資金が必要だが、その前にイスラエルと政治的解決を実現しなければならない」と述べている。
ちなみに、米国のイラン政策にも同じ傾向がみられる。トランプ大統領は24日、イランに対し強硬な追加経済制裁を科すと発表し、同国の最高指導者アリ・ハメネイ師も制裁対象とした。それに対し、イランのジャヴァド・ザリフ外相はツイッターで、「米国は外交を軽蔑している」と批判している。イランに対し「我々の要求を受け入れれば、イランの経済は発展する」というトランプ流の言い回しはペルシャ民族のプライドを傷つけている。
イスラエル国内でも米主導の経済支援会合に批判的な声が出ているという。米国の善意から出た政策だとしても、その受け手のパレスチナ人には「我々を買収する政策」と受け取られている。米国は経済支援をしながら、嫌われるという損な役割を演じているわけだ。
イエスは、「人はパンのみに生きるのではない。神の口からでる一つ一つの言葉で生きる」(「マタイによる福音書」4章4節)と答え、サタンの誘惑を退けている。トランプ家代々の聖書の上に手を置いて大統領の宣誓式に臨んだトランプ氏が新約聖書の有名な聖句を知らないはずがないだろう。パレスチナのガザ地区を管理する「ハマス」など一部のテロ武装勢力に対しては厳しく対応しなければならないが、大多数のパレスチナ人はイスラエル人との共存には全く問題がない。
米主導のパレスチナ政治会合の開催までにはまだ時間がある。米政権は経済支援を進める一方、パレスチナ民族との意思疎通をもっと大切にすべきだろう。多くのパレスチナ人にとって経済支援も急務だが、それ以上に、同じ「アブラハムを信仰の祖」とするイスラエル人との共存共栄の道を開くことではないか。
アラブ諸国ではパレスチナ人問題はこれまで最優先課題と受け取られ、パレスチナ問題ではコンセンサスがあったが、アラブの春後、イスラエルとの経済関係を重視するアラブ諸国も出てきた。パレスチナ人は昔のようにアラブから全面の支持を期待できなくなってきている。換言すれば、パレスチナ人は過去を克服してイスラエルとの未来志向関係を構築していかなければならない時を迎えてきているわけだ。その意味から、クシュナー氏の「世紀の機会」という表現は間違ってはいない。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年6月27日の記事に一部加筆。