訂正要求を拒否!「百田尚樹」論考を巡る朝日新聞の迷走

田村 和広

衝撃的なやりとり

1カ月ほど前に「百田尚樹現象」と銘打った石戸諭氏の論考がニューズウィーク日本版6月4日号に掲載された。同誌の反響は大きかった。参考までにアマゾンの書評を確認すると、前後の号にはレビューがほぼ0件なのに、この「百田尚樹現象」特集号だけ24件(6月27日現在)もあった。

関連拙稿:「百田尚樹現象」ニューズウィーク日本版が面白い

この記事の読み方を巡って、記事の執筆者本人である石戸諭氏と朝日新聞論壇委員会との間で、実は衝撃的なやりとりが発生していた。

編集部撮影、津田氏ツイッターより

執筆者の石戸氏が朝日に新聞記事の間違いを指摘

6月27日朝日新聞(17面)オピニオン面「論壇時評」に、「論壇委員会から」と題して、次のような18行の一文が掲載されている。

前回(※筆者注:5月30日13面)の津田大介さんの論壇時評で「特集 百田尚樹現象」(ニューズウィーク日本版)をご紹介しました。「石戸は百田を『ごく普通の人』と位置付けたが、それは誤りである」との表現について、筆者の石戸諭さんから「百田氏を『ごく普通の人』と位置付けた事実はなく、『誤り』と断じることは認められない」と訂正要求がありました。「いかに特異であり『ごく普通の人』とは違う能力を持っているか」を特集で示したといいます。

編集部は、津田さんの表現は百田氏の政治的・思想的な立ち位置という観点から石戸さんの論じ方に疑問を呈した論評であり、訂正は必要ないと考えます。(宮本茂頼)

(引用終わり、太字は筆者による)

「百田尚樹現象」の特集記事を執筆した石戸諭氏は、その特集記事を評論した朝日新聞の記事中の表現について、看過できない誤報を発見したのでその訂正を要求していたのだ。

上記にあるように、石戸氏が朝日新聞側に「訂正要求」を行うのは、プロの執筆者としては当然であり、誇りにかけても譲れないだろう。

朝日は論理的に破たんした理由で訂正要求を拒否

ところが朝日新聞は、この執筆者の真剣な要求をかなり無理な理由によって却下してしまった。「政治的・思想的な立ち位置という観点から」石戸さんの論じ方に疑問がある。従って、津田氏の「石戸は百田を『ごく普通の人』と位置付けたが、それは誤りである」という論は訂正の必要がない、というのだ。

朝日新聞に掲載された津田氏の評価こそ誤り

石戸氏の論考には、「百田氏は『普通の人』である」と位置付けた文はどこにもない。特集記事を総合した文意としても、「百田氏は『普通ではない人』なのに、『普通の人』の感覚を理解している」という津田氏の読み方とは真逆の主張になっている。表現の自由というよりも単純な誤読である。

その根拠として、石戸氏の記事から、該当部分を全て確認してみる。

「百田氏の政治的・思想的立ち位置」の石戸氏の見方

ニューズウィークの記事から、石戸氏による(政治的・思想的な)「百田論」を抽出してみると以下の通りである。

百田氏はインタビューで、自らの政治的立ち位置を右派と左派の「真ん中」と語っていたが、それを額面通りに受け取ることは出来ない。(22頁)

「(略)百田さんは『普通の人』の感覚を理解しています」(DHCテレビ山田社長コメント)(27頁)

(百田氏は)プロの歴史家とは、基本となる考え方そのものが違う。(33頁)

百田の言葉は「ごく普通の人の感覚」の延長線上にあるのではないか

百田氏の政治的・思想的な立ち位置を「普通の人」とした文や文脈はどこにも存在しない。

そしてこの特集の結論を、石戸氏自身が次のように締めくくっている。

百田尚樹とは「ごく普通の感覚を忘れない人」であり、百田現象とは「ごく普通の人」の心情を熟知したベストセラー作家と、90年代から積みあがってきた「反権威主義」的な右派言説が結びつき、「ごく普通の人」の間で人気を獲得したものだというのが、このレポートの結論である(34頁)

結論

今回の朝日新聞の記事は角度をつけ過ぎだ。これでは180度真逆であり真実が0%の記事になっている。

石戸氏の論考は「普通ではないのに『普通の人』のことを理解している」というのが百田氏の特徴であり強みだという論で結ばれている。

その論考を津田氏が「石戸氏は百田氏を『普通の人』としたがそれは誤りだ」と誤読し「偽の命題を勝手に設定してそれを否定する」という奇妙な論考をした。

それに対する石戸氏の訂正要求を、朝日新聞は論理的に破たんした論拠で拒否するという、二重の誤りを犯した。

読み手(朝日及び津田氏)の文意の把握間違いを、筆者自ら指摘してくれたのに、根拠のない主張で朝日新聞は否定した。文章読解のルールは朝日新聞が規定するということなのか。朝日新聞は何を守っているのだろうか。

今回たまたま気が付いたが、多くの忙しい人々はこのように検証しながら読むわけにはいかないので、朝日新聞には事実を歪めず角度を付けず、妥当な報道をして頂きたい。

「過ちて改めざる、是を過ちという」 (出典:『論語』衛霊公第十五)

田村 和広 算数数学の個別指導塾「アルファ算数教室」主宰
1968年生まれ。1992年東京大学卒。証券会社勤務の後、上場企業広報部長、CFOを経て独立。