ベネズエラ危機の犠牲になっている骨髄移植を待つ子どもたち

5月にベネズエラで子供の骨髄移植が医療設備の不備や医薬品の不足でできなくなっていることが、ラテンアメリカそしてスペインのメディアで大きく取り上げられた。現在のベネズエラの政治的また経済的危機が直接影響しているのだ。

「ベネズエラでは老人と子供がその犠牲者だ。なぜなら病院には何もないからだ」と語ったのは重病にあった11歳の子供を亡くした母親ジェニファーだ。(参照:elpais.com

ジェニファーの子供エリック(11)は非ホジキンリンパ腫を患っていた。1歳の時にそれと診断された。亡くなる最後の14カ月は免疫グロブリン療法も受けていなかったそうだ。エリックは死が近いと自分自身が感じたのか、亡くなる少し前に、首都カラカスのペタレ地区のエリックの家がある近くに埋葬して欲しいと両親に頼んだそうだ。そうすればエリックの墓を両親が頻繁に訪れることが出来るからだというのが理由だった。

エリックが亡くなる数日前に病院の前で医師、患者そしてその家族らの中に交じってエリックの両親ジルベルト・アルトゥベとジェニファー・ゲレロは医療改善を求めて抗議をしたが、それに対して具体的に支援を表明するといった反応はなかった。

両親はエリックの埋葬に募金を募らねばならなかった。というのも、取っ手がついてゴールドの装飾が施された白色の棺が310ユーロ(4万円)、最低給与は僅か8ユーロが相場だ。即ち、棺を買うには38カ月分の給料が必要なのである。棺以外に埋葬の費用はカラカスで520万ボリバル、即ち800ユーロ(10万4000円)に相当する費用がかかるというのである。それは100カ月分の給料に相当するのである。(参照:elconfidencial.com

エリックが亡くなる前に同病院で3人の子供が同月5月に亡くなっていた。ジョバニ・フィゲラ(6)は急性リンパ性白血病、ロバート・レドンド(7)は医薬品バンコマイシンとメロペネムが不足、エイデルベース・レケナ(8)は白血病であった。
(参照:diariolasamericas.com

この4人の子供が亡くなったあと、カラカスのホセ・マヌエル・デ・ロス・リオス病院には同じように骨髄移植や腫瘍の治療を必要とする子供が26人いることが主要メディアで報じられた。

この病院は1937年に設立され、小児科ではベネズエラを代表する病院のひとつとして誕生したのであった。ところが、この20年のボリバル革命で国家は完全に退廃したことがこの病院でも観察されている。

勤務する医師の減少、420台あったベッドも現在使えるのは僅か90台。9室あった手術室が現在使えるのは2室だけ。14台あった人工透析器で機能するのは7台だけ。X線もトモグラフィーも使えない。MRI(磁気共鳴画像診断装置)も不能。このように病院として機能しない部門が多く、その比率は9割。医薬品も他の病院と同様に8割は不足している。

この病院で30年以上勤務し、亡くなったエリックの治療にもあたっていたベネズエラ小児科協会のウニアデス・ウルビナ会長はこのような重病の子供を隔離する為の病室がないことを指摘し、「この子供たちに必要な第三世代の抗生物質もない」と語った。
(参照:abc.es

医師協会が全国の40の病院を対象にした調査によると、2014年から医療不備や医薬品不足によって1557人の患者が亡くなり、昨年11月19日から今年2月9日まで断続的に起きた大停電によって治療が出来なくなって死亡した患者は79人。但し、この統計は大人と子供を含めたものである。しかし、この統計にある犠牲者の数は深刻な事態に国家が置かれているということを示すものである。

ベネズエラ骨髄移植支援協会のエンリカ・ジアバト部長によると、骨髄移植が必要な子供の患者は全国で50の病院に分散して療養しているそうだ。ところが、これまで全国で骨髄提供者と常に契約している病院は僅かに2つしかないのである。バレンシアの公立病院ラ・シウダー・オスピタラリア・エンリケ・テヘラ(CHET)とカラカスの私立病院オスピタル・デ・クリニカス・カラカスだけであるという。

更に問題は骨髄移植の手術費用が凡そ2万ドル(220万円)するということで一般のベネズエラ市民には手の届かない費用である。そこでベネズエラ政府が用意したのが骨髄バンクがあるイタリアの12施設の病院と契約したのである。その費用をベネズエラ石油公社(PDVSA)が負担するというものである。それを2006年から軌道に乗せた。

当時はまだ原油の輸出で余裕ある財政状態にあったベネズエラであった。骨髄移植が必要な患者が毎年60-70人イタリアの病院で手術を受けていた。多い年は80人を越えたという。患者のイタリアでの滞在は10-12カ月となり、一人当たりの患者にかかる出費は凡そ20万ユーロ(2600万円)。それをPDVSAが負担していたのである。その仲介をしていたのがベネズエラの骨髄移植協会(ATMO)であった。(参照:abc.es

ところが原油価格が下落してベネズエラの外貨の歳入が大幅に減収する事態になって様相は一変するのである。2015年頃からPDVSAがATMOを介してイタリアの病院への支払いが滞るようになったのである。現在まで未払いになっている負債額は850万ユーロ(11億円)にまで上っているというのだ。その為、イタリアの病院ではベネズエラからの患者の受け入れを昨年から中断させているという。

現在イタリアの病院で治療を受けている大人と子供19人に対してはイタリア厚生省は人道的に治療と看護で不足が起きないようにという指示を出しているそうだ。患者に同行している家族の宿泊などは支援団体などの協力を得ている。

それに対してマドゥロ大統領はベネズエラ国内でもカラカスのドミンゴ・ルチアニ病院に骨髄バンクをも設けることを発表し、またPDVSAはイタリアの病院に対して600万ユーロ(7億8000万円)の送金を実施したが、制裁の影響でそれが送金先の銀行で凍結されたことを明らかにした。ということで、制裁を科した米国に責任があるとしたのである。ところが負債はトランプ大統領が現れる前の2015年から始まっていたということをATMOが明らかにしている。

更に、この問題に関係している人たちが憤りを感じているのは4人の子供が犠牲者にされた5月にマドゥロ大統領は軍服の生産に5000万ユーロ(65億円)を充てることを明らかにしたのである。同様に600万ユーロ(7億8000万円)を投資て9.19ミリ口径の機関銃を生産するラインを建設することも発表したのである。

ベネズエラ人権委員会のラリー・デボエ執行委員は「500万ユーロ(6億5000万円)あればヨーロッパで治療を受けている24人の患者の治療代を負担することが出来る」と述べて、政府の人道面に欠けた政治を皮肉った。(参照:aa.com

その一方でマドゥロは骨髄移植が必要な子供を4人キューバに移して骨髄の移植手術を受けさせることも発表した。そのキューバであるが、米国のキューバへの制裁がますます強化されており医薬品もその対象にされてその不足も起きているという。(参照:abc.es

厳しい医療事情に置かれているベネズエラであるが、今も病気と闘い骨髄移植を待っている青少年もいる。

エデニー(15)は1歳の時に大サラセミアと診断された。当初、医師は骨髄移植を検討したが、兄弟で白血球の型が合わないと判断されたという。現在輸血療法とエグジェイド懸濁錠剤と葉酸で処方しているそうだ。が、C型肝炎の感染を防ぐ装置がなく輸血で感染した。

ミゲル・アレハンドゥロ(16)はβサラセミアだと2007年に診断された。3週間毎に赤血球の輸血療法を受けている。骨髄のドナーを待っている。

クリスチーナ(17)大サラセミア、全身性紅班性狼總瘡とC型肝炎を患っている。肝炎は輸血で感染したものだという。

ジェルソン(14)脊椎形成不全を患っている。医薬品エルトロンボパグが有効であるが、800ドル(8万8000円)もしてベネズエラでは手に入らない。

ザブディエル(5)は急性リンパ性白血病を患っている。母親に「死んで行くような感じだ」と告白する時もあるという。同じく骨髄移植を待っているのだ。
(参照:lapatilla.com

ベネズエラ危機が世界的に騒がれているが、その陰でその危機の犠牲となって骨髄移植を待ち望んで生き続けている子供がいるというのもベネズエラの一面である。

白石 和幸
貿易コンサルタント、国際政治外交研究家