猫も杓子もマイクロバイオーム研究

腸内には多くの種類の細菌が存在しており、それが種々の疾患に関係していることがわかってきている。その腸内細菌を調べて、病気などとの関わりを調べる研究がブームとなっている。

治療と関係するものでは、炎症性腸疾患(クローン病や潰瘍性大腸炎)患者に、健康人の腸内細菌を飲ませる(他人の排泄物中の細菌を飲むのはかなりの抵抗があるのでチューブから注入する)と、炎症性疾患が劇的に改善する例が知られており、腸内細菌がわれわれの免疫機能に影響を与えることは確実だ。

今週のNature誌には、腸内細菌内にある酵素が、薬剤の代謝(分解や、時として活性化)に関連するため、薬剤の効果や副作用に影響を与えるかも…という内容の論文が出ていた。なるほどと思う一方で、????が沸き上がってきた。今、調べられている腸内細菌の大半は大腸に存在するものではなかったのか?

私の理解では、薬剤は胃、もしくは小腸から(面積的には小腸の方が大きい)吸収されるのではなかったのか?そして、一般的には溶けていなければ吸収できないので、固形状の便になると吸収されないのでは???確かに座薬という肛門から挿入して、直腸から吸収させる薬もあるが。

と、どうでもいいようなことを考えていた時に、「これは座薬ですので」と言われて、座薬を座って飲んだ患者さんが、飲みにくいと訴えたという嘘のような本当の話があったことを思い出した。最近は腸内細菌と話を結び付ければ何でもありのような気がしてならない。サイエンスには流行があるのだが、この論文に意味があるのかどうか疑問でならない。

しかし、薬剤の吸収の仕組みはわかっているようでわかっていない。私もこの不思議な世界に痛い目にあった。現在、オンコセラピー社が治験を行っているMELK阻害剤OTS167の話だ。シカゴ大学にいた時に、このOTS167 を報告したが、この薬剤を経口投与(口から飲ませる方法)した場合、静脈注射に匹敵する効果が得られた。マウスだけでなく、ラットでも経口で投与しても薬剤の消化管からの吸収効率は30%と高く、飲み薬としての抗がん剤開発が可能と期待を膨らませたのだ。

しかし、サルでは経口で飲ませると薬剤の数%しか腸管から吸収されず、悩みが深まった。人間はマウス・ラットに近いのか、サルに近いのか?常識的には、サルに近いに決まっている。でも、論文を調べると、薬剤の吸収に関しては、人間はサルよりもラットに似ているというものもあったが、やはり、一般的常識を考えるとこれを納得させるのは難しい。

その当時、選択肢はあまりなく、静脈注射で臨床試験を始めざるを得なかったのだ。その後、人での吸収を調べたところ、人はサルではなく、ラットにより近いことが明らかとなり、MDアンダーソンがんセンターで乳がんに対する経口薬での臨床試験につながった。理屈では説明できない謎がたくさん存在している。

腸内細菌まで考えると、食生活などの影響もあり、薬剤の吸収・分解における多様性は計り知れない。しかし、Nature誌の論文は私には実学として意味があるのかどうかよくわからず、フラストレーションの残る内容だった。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年6月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。