2019年上半期が過ぎ、下半期が始まった。過去6カ月の間に国際情勢も大きく変わってきた。当方が住む欧州では英国の欧州連合(EU)離脱は様々な紆余曲折があったが、今年10月末には一応完了し、「英国なきEU」時代の到来が始まる。ブリュッセルにとって英国との離脱交渉(ブレグジット)以上に「その後」のEUの結束のほうが深刻かもしれない。
ところで、今月早々にはイラン核合意の行方が明らかになるはずだ。イランは核合意に基づく経済制裁の解除などの約束が実行されていないとして、核合意の一部停止を表明。その一段階目として低濃縮ウラン貯蔵量の上限300キロを超え、そして2段階目として7日以降にはウラン濃縮度をこれまでの3・67%から20%に引き上げる考えだからだ。
イラン側がこの2段階を実行すれば、13年間の協議で合意した核合意、包括的共同行動計画(JCPOA)は破棄されたことになる。イラン政府は先月30日、「このままで事態が打開されない限り、核合意の一部停止を実施する」と改めて表明している。
外交の成果と評価されてきたイランの核合意の崩壊は単にイランに核開発再開の道を開くだけではなく、サウジアラビアなどの中東地域で核開発ドミノ現象を誘発するかもしれない。すなわち、中東地域の治安状況が一気に悪化する。ホルムズ海峡を通過する国際原油運送ルートで紛争が勃発すれば、世界の原油市場の価格に大きな影響を与える。イランを含む中東地域から原油供給を依存している日本はその影響をもろに受ける危険性が出てくる。
その最悪のシナリオを回避するためにイラン核合意に関与した英仏独ロ中にイランを加えた6カ国の次官級会議が先月28日、ウィーンで開催され、対策を協議したばかりだ。イランの要求の一つ、原油輸出の推進など経済活動の促進問題では次回の閣僚級会合で煮詰めることになったが、イランの要求を満たすほどの成果を上げることは厳しいというのが関係国の予測だ。中国は今後ともイランからの原油輸入を継続すると表明。欧州3国も共同事業団を創設してイランと貿易をする西側企業へのマイナスを軽減する対策をとってきたが、米国側からの経済圧力に抗することは難しい。
全ては、トランプ大統領が昨年5月、「イラン核合意は不十分であり、イランの核開発を阻止できない上、テヘランは国際テロを支援している」として、核合意から離脱を宣言、同時に対イラン制裁を再開してから始まった。そして核合意離脱宣言1年目の今年5月、空母とB52爆撃機をイラン周辺に配置し、1500人の兵士を追加派遣し、イランを含む中東周辺の事態が急速に険悪化してきたばかりだ。
イランの精鋭部隊「革命防衛隊」はホルムズ海峡での国際タンカーの通過ボイコットを警告している。実際、先月13日、中東のホルムズ海峡に近いオマーン湾で国際タンカー2隻が爆発や火災を起こしている。米国はイラン側の仕業と見ている。
それでは、米国とイランの正面衝突はもはや回避できないか、と言ったらそうとも言えない。米国はイランとの武力衝突には慎重だ。単にイランとの戦いではなく、シリア、レバノン、イエメンには親イラン武装勢力がいる。米軍がイランと衝突すれば、それらの国から米軍へのゲリラ戦が始まるだけでなく、親米のイスラエルとサウジアラビアへの攻撃も始まるだろう。中東全域に戦火が広がるわけだ。トランプ大統領は先月20日、イランが米国の無人機を撃墜したことへの報復として、イランへの部分的攻撃を承認したが、その「10分後」、承認を撤回している。対イラン戦争が如何に危険であるか米軍関係者は知っている。
トランプ大統領には再選が控えている。対イラン戦争が始まれば、再選への影響を考えなければならない。米軍に多くの犠牲が出た場合、米国内でトランプ批判が高まることは必至だ。一方、イスラエルでも総選挙のやり直しが行われる。同国で新政権が発足するのは11月前後とみられる。その政情不安定な期間にイランとの武力衝突は回避したいだろう。
イラン側も米・イスラエルの政情をよく知っているから、本格的な米国との武力衝突はここしばらくは回避できるという計算が働いているはずだ。イランのザリフ外相 は米国との対話を拒否する姿勢を強調する一方、「米国が相手を対等の対話パートナーとして尊敬を払い、理性的に対話するのならば応じる」と柔軟な姿勢をも見せてきている。
問題は、一発の銃声が事態を急変させることだ。イラン革命防衛隊がイスラエル軍や米軍にミサイルを発射させた場合、米国もイスラエルも黙認するわけにはいかないから、報復攻撃に乗り出すだろう。そうなれば、戦闘は急速に拡大し、ストップをかけることができなくなる。
繰返すが、米国とイラン両国が戦闘準備した完了した後、戦争を始めるというシナリオより、突破的な武力衝突が中東全域を巻き込む戦争に発展する危険性の方が現実的だ。それだけに、イランと米国両国の指導者は慎重な対応が求められる。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年7月2日の記事に一部加筆。