米国が北朝鮮を事実上の核保有国として容認する日

松川 るい

世界で様々な激震が走った1週間だった。G20自体がビッグイベントで文字通り大阪が世界の外交の舞台となり、安倍総理の活躍も光った。その周辺で繰り広げられた首脳会談も凄かった。米中首脳会談では関税とファーウェイについて不透明ながらも「一時休戦」成立、そして米朝首脳の軍事境界線越えという歴史的イベントがあり、一方で、韓国の不誠実に業を煮やした日本は韓国への半導体関連物資の輸出手続きを厳格化し、日韓関係はさらに悪化の見込みである。中東では、米国のイラン核合意離脱と制裁強化により、イラン情勢は緊迫化している。

中でも衝撃的だったのが、トランプ大統領の突然の金正恩委員長との邂逅である。ツィッタ―での呼びかけという前代未聞の方法に耳目が集まったが、これはただのフォトオプやオフ会ではない。以下、まだいろいろなことがわかっていない段階でちょっと読みすぎかもしれないが、とりあえず自分の頭の体操も兼ねて書いてみる。

朝鮮中央通信より:編集部

トランプ大統領が金正恩委員長と手を取り合って戦時境界線を超えたことは、事実上の戦争終結宣言に等しい。1時間近く会談も行い、トランプ大統領は、「核削減に応じた制裁解除も考える」、「ワシントンで会おう」と言ったとのことだが、なんら実質的核廃棄のプロセスが行われていない段階でこの挙に出たということは、要するに、トランプ大統領は、北朝鮮を事実上の核兵器国として容認することになっても構わないと考えているとしか思えない。

米朝協議は再開されるだろうが、それは、核削減は求めつつ核削減に応じて制裁解除も部分的に行い、並行して、米国連絡事務所設置や平和条約プロセスも進めるといったかたちになるのではないか。北朝鮮が全面的に核放棄しない限り一切部分的にも制裁を解除しないというようなものにはならないだろうし、もちろん、北朝鮮はその場合全面的に核廃棄するはずはない。そうすると、核兵器国として認めると公言することはあり得ないとしても、実際問題として、核削減はするかもしれないが核が残ったままの北朝鮮(=事実上の核保有国)と米国他が平和条約を締結するという状況になることは十分あり得る。 

ハノイ会談で、「全面的解決(all for all)」を求めて席を立った時の方針(ボルトン的方針)からの180度の転換だ。これが、よく練りに練られた政策転換というより、トランプ大統領の思い付き又は本能に基づくトップダウン路線変更のように見える点が不安である。こんなに早く妥協して良かったのだろうか。このタイミングでの方向転換は米国政府内できちんと検討した上でのことだったのだろうか。

もっとも、この方向転換は、実は、米国の国益の観点からはそれなりに理にかなっているとも思う。(トランプ大統領のツィッタ―外交という形で突然の転換を世界に容認させようと演出しているとしたら大したもの。。)

北朝鮮は全面的に核放棄をする覚悟はできていないのであり、だからこそハノイ会談は決裂したわけだが、全面制裁を継続するだけでは、米朝協議は進まず核削減すらできず、米国民に成果として強調してきた「北朝鮮からミサイルが撃たれない状況」も怪しくなってきた。来る大統領選にも悪影響だ。戦略的側面からいっても、米朝関係自体も緊張が高まる可能性があり、その場合、北朝鮮は、結局、中国の影響下に入らざるを得なくなる可能性が高い。 

国家がもたらす「脅威」は、「能力」と「意図」からなる(threat = capability×intention)。米国の国益は、①米国本土に対する北朝鮮の脅威をなくすことであり、また、②戦略的観点からいえば、朝鮮半島が中国の支配下にはいらないようにすることである。

プランAは、北朝鮮が核兵器を全部きれいさっぱり放棄し、しかも平和条約も締結して親米国になるということである。これは米国にとっても日本にとっても最善だ。しかし、北朝鮮はおそらく一定の核削減をする用意はあるのだろうが、全面的核放棄をする気がないので、これはかなり困難だ。ハノイ会談の決裂及びその後の北朝鮮の態度からも見て取れる。

とすれば、プランBは、核兵器が残ったままでも米国の脅威とならず、北朝鮮が中国の支配下におかれないようにすることである。

幸い、米国は世界一の核兵器大国であり、北朝鮮が核兵器を少々持ったからといって、能力の面では脅威ではない。問題は、北朝鮮が米国を敵視して(または破れかぶれになって)攻撃するとか、ならず者国家やテロリストに対して核兵器を流す事態なのである。これを解消するにはどうすれば良いか。

そのためには、米朝関係を改善することだ。できれば親米国にできればベストだ。北朝鮮の能力(核兵器)が残っていたとしても、それを米国に対して使用するインセンティブが減るため、米国に対する脅威の度合いも減る。しかし、意図は変わる可能性があるわけで、良好な関係を築けばそれで安心ということにはならない。関係は常に変わり得る。

したがって、能力の面で、米国本土に到達するICBM保有は絶対に認められないし、また、ならずもの国家やテロリストなどに拡散するような状況では、困るので、核兵器能力は(米国の)脅威にならない程度まで削減する必要はある。制裁は、段階的解除はありでも、完全な非核化が達成されない限り全てを解除してはならない。何のレバレッジもなくなってしまう。

さらに、米朝関係改善は、戦略面でも意味がある。北朝鮮が親米国となれば無論、親米国とまでいかずとも良好な関係を築くことができれば、北朝鮮は中国一辺倒ではなくなる。核兵器を保有していれば、なおさら中国からの脅威や圧迫に対しても抵抗しやすくなるので、却って好都合かもしれない。仮に韓国が親中的になったとしても朝鮮半島全体が中国の影響下におかれる事態は避けられる。文在寅大統領よりは金正恩委員長の方が中国に対するガッツはあるように見える。 

朝鮮中央通信より:編集部

以上が、勝手な想像ではあるが、トランプ大統領の思考ではないだろうか。米国は、米国の国益の観点から大胆に方針を変更しようとしているかもしれないということを想定すべきだ。日本は、そのような変化がある場合には、それを前提に外交・安全保障政策を立てなければならない。

それでは、日本にとってはどうか。

北朝鮮が事実上の核兵器国となったままで、米国との国交を正常化し、平和条約を結ぶ。南北関係も正常化し、南北は行き来できる関係となる。南北間での開城工業団地や金剛山観光も再開される。北朝鮮に、韓国や米国の企業やが投資する。近いうちにそのような状況が出現するとしたら。

まず、北朝鮮が中国の影響下一辺倒にならないことは日本にとっても国益に叶う。米国が北朝鮮を親米国にすべく関与し続けるとすればなお良い。問題は、6000マイル離れた核超大国の米国にとっては許容範囲であっても、地理的に近接し、なおかつ日朝関係が正式には存在しない上良好とも言い難い日本にとっては、北朝鮮の核ミサイルが残ったままでは、現状では、脅威のままだということである。

能力面でミサイル防衛や米国の拡大抑止を強化するとしても、それだけでは不十分だろう。一定の制裁の維持は必要だ。他方で、北朝鮮が日本を敵視するインセンティブを減らすためには、地理が変えられない以上、結局、日本は、北朝鮮が核保有したままであっても、北朝鮮との関係を正常化しできるだけ良好なものとするしかないだろう。拉致問題もその過程で解決することを目指さねばならない。 

また、文在寅政権及び文在寅のDNAを持つ政権の間は、北朝鮮の核を問題視することなく上記のような関係改善が進むだろう。が、文在寅後は、もしかしたら、韓国も核保有をしなければならないという議論が起きるかもしれない。北が事実上の核保有国となれば、少なくとも米韓同盟を強化しなければならないという方向にはいくだろう。米韓同盟の強化や在韓米軍の維持は日本にとっての国益だ。朝鮮半島という場所は、米国の関与がなくなれば、おのずと中国の支配下におかれる地域なのだから。

最後に、日本がぜひとも避けなければならないのは、北朝鮮と韓国との2つが同時に反日的・敵対的な国になることである。南北朝鮮は人口併せて8000万人、日本の国土の3分の2の広さを持つ。日韓関係は、韓国側からの一方的な反日的行為により悪化の一途をたどっていたわけだが、日本側の輸出手続き厳格化に韓国は逆切れして対抗する動きを見せており、さらに悪化することが予想される。

正直、トランプが金正恩委員長とDMZ越えをした直後にこの措置を取る必要はなかったのではないかとタイミングについては疑問に思う。決断したのはトランプ大統領だが、是が非でも米朝協議を再開させるべく何としてもトランプ大統領を訪韓させたかった文在寅大統領の執念が背景にあったことも事実だろう。

米朝プロセスとともに米朝韓という組み合わせも今後あり得る。日韓でもめているのでは、北朝鮮に足元を見られるだけだ。

とはいえ、今更なので、今後のことを考えると、韓国との関係は冷え込んだままの状態が続きそうなので、なおさら、日本は、北朝鮮とは関係構築に取り組んだ方が良い。既に、安倍総理が「条件なしに会う用意がある」とおっしゃって日本側の積極的な姿勢は見せているところだ。米国が北朝鮮との関係改善の流れを本格化するのに合わせ、日本も北朝鮮との関係正常化に取り組むことが得策だと考える。

松川 るい   参議院議員(自由民主党  大阪選挙区)
1971年生まれ。東京大学法学部卒業後、外務省入省。条約局法規課、アジア大洋州局地域政策課、軍縮代表部(スイス)一等書記官、国際情報統括官(インテリジェンス部門)組織首席事務官、日中韓協力事務局事務局次長(大韓民国)、総合外交政策局女性参画推進室長を歴任。2016年に外務省を退職し、同年の参議院議員選挙で初当選。公式サイトツイッター「@Matsukawa_Rui


編集部より:このブログは参議院議員、松川るい氏(自由民主党、大阪選挙区)の公式ブログ 2019年7月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は、「松川るいが行く!」をご覧ください。