服役中の元リオ州知事が爆弾証言「私はオリンピックを買った」

山下 丈

カブラル元知事(Wikipedia)

元リオデジャネイロ州知事セルジオ・カブラルは、リオ五輪開催年の11月に別容疑で逮捕された。その後、五輪招致疑惑を含むあれこれの汚職容疑で起訴され、29件の訴訟に対応、うち9件の有罪判決を受けたところで、刑期の合計は198年に達している。ここに至り7月4日、連邦刑事裁判所のマルセロ・ブレタス判事とファビアナ・シュナイダー検事の前で、200万ドル支払って開催地投票に勝利したことを認めた。

自分の口から事件を語る

彼の証言内容は、これまで報道されてきたものとほぼ一致している。だが、それが当事者本人の説明という点で、改めて信憑性を高めるものとなった。フランス検察による国際陸上連盟(IAAF)ドーピング汚職捜査に端を発して、2016・2020五輪招致疑惑を生じ、仏側がブラジル検察を積極的に導いたのがきっかけだった。

だが、ブラジルでは全関係者が否認したまま起訴されたため、フランスにフィードバックされるものもなかった。関連証言が続けば、フランスでの五輪招致関連捜査の進展にも寄与しそうである。

カブラルによれば、2009年8月、ローマでのキャンペーン時に、ブラジル・オリンピック委員会のアーサー・ヌズマン会長(当時)に向かい、「ヨーロッパ流の開催地決定の仕組みが、自分にはよく分からない」と言うと、ヌズマンは、「ラミン・ディアクIAAF会長を使いましょう。アフリカ・グループの5~6票を売ってくれます」と教えてくれた。はじめ150万ドルの話が、あと50万ドル上乗せすれば、更に数票確保できるとのことだった。

在米ブラジル人実業家「アーサー王」ことアーサー・ソアレスに連絡し、「何も聞かずに、ラミン・ディアクの息子パパ・マッサタ・ディアクの会社口座へ200万ドル送金してくれ」と告げた。この200万ドルは、自分の借りとなった(公共事業での優遇等で返す)。同じく起訴されているヌズマンの弁護士は、こうした証言内容を否定。

新事実の証言

カブラルの証言には、衝撃的な事実も含まれている(参照:marca.com)。結局、合計9票を買うことができたのだが、それには、かつてのロシアの水泳選手アレクサンドル・ポポフとウクライナの「鳥人」棒高跳びのセルゲイ・ブブカ(現ウクライナ五輪委会長)の票もあったというのである。両人にとっては、まさしく「青天の霹靂」で、直ちに否定表明が出されている。その一方で、IOCの倫理コンプライアンス担当役員が、彼ら2名を含む9名の該当者につき調査に取りかかった。

「司法取引(ブラジルの「報償付き協力取引」)」か

カブラルのこうした証言は、2月から6月までに3回行われており、今回で4回目になる。昨年末から、彼は過去を反省し捜査に協力する気になったとして、弁護人を入れ替えた。新たなロドリゴ・ロカ弁護士も、一連の汚職犯罪を組織した中心人物には協力で恩恵は与えられないだろうとして、成果は保証できないとしてきた。

その一方で、ロカ弁護士の尽力は目覚ましく、カブラルの刑務所内での庭園作業、通信教育、そして新たな証言と、198年の行刑緩和を目指し手を打ってきたのである。証言の席には、常にロカ弁護士が同席している。リオ州の元検事総長に賄賂を払った証言等で、元検事総長が逮捕されたりした。検察と合意して捜査に協力し、それから裁判官の承認を求めるという本来の手順とは異なっているため、いよいよ本筋に入った証言の評価に注目が集まっている。

フランスでの事件の行方と日本への影響は

証言を聴いた後、ブレタス判事は、ディアク父子は外国人であるため、彼らをめぐる事件の扱いはそれぞれの居住国に委ねるものとした。ラミン・ディアクは86歳になるが、フランスの司法統制下にあり、セネガルに戻ることは禁じられている。このオリンピック関連でなく、ロシア陸連のドーピング汚職問題で息子のパパ・マッサタともども起訴されていて、公判は今秋開始の予定である。

フランスでのオリンピック問題捜査は、今回のカブラル証言によって、これからブラジルでの進展を受けてのことになろう。パパ・マッサタは早くにセネガルに逃亡し、仏検察は同人の聴取もできないままの陸上疑惑起訴となっている。

事件を担当してきた同国の金融検察局(PNF)では、このたびエリアーヌ・ユーレット初代長官が勇退、ブラジルの五輪捜査に協力し、2017年9月、ヌズマン元会長の拘束に立ち会うためわざわざ渡伯した2人の治安判事のうち、ルノー・ヴァン・ルイムベク氏は定年、ジャン・イブ・ルーゴイユ副長官は次期PNFトップに立候補したものの、マルセイユに転出することが決まった。

フランスには、ブラジルや日本にはない「民間同士の贈収賄」罪が存在するところから、更にはマネーロンダリングが仏国内で行われたものとして、一連の捜査につき国際的に先頭を走ってきたのだが、PNF次期体制で方向が定まるのは秋になってからのようである。ラミン・ディアク関連の捜査を始めてから今回の起訴に至るまで4年かかっており、複雑な事件ではこれが一般的である。公判でのディアクの証言等から日本に影響が及ぶにせよ、これぐらいの年数が必要となる。

五輪開催地決定の入札システム改正へ

ブレタス判事の前で、カブラル元知事は、「リオが開催地に選ばれるためには、票を買う必要はなかったかもしれない。でも、買ってなければどうなっていたでしょうか」と語った。これではまるで、入札の「みかじめ料」みたいである。非は開催地決定の仕組みにもあるとして、IOCはその「劇的な見直し」を行うことになった。

まず、7年前に開催地を選定するという要件を削除、入札候補都市の審査を担当してきた「評価委員会」は、「夏期大会の将来ホスト委員会」と「冬期大会の将来ホスト委員会」に置き換えられる。2つの委員会は、非理事による8~10名の委員で構成され、理事会へ開催都市を推薦する。理事会が両委員会の委員を選任するが、入札対象となった都市・国の委員は審査に加わることができない。

画期的なのは、開催を検討している都市は、候補になる前に必要に応じて「国民投票」を経なければならないとすることである。

山下 丈(やました  たけし)日比谷パーク法律事務所客員 弁護士
1997年弁護士登録。取り扱い分野は、商法全般(コンプライアンス、リスクマネジメント、株主総会運営、保険法、金融法、独禁法・景表法、株主代表訴訟)、知的財産権法(著作権、IT企業関連)。明治学院大学法科大学院教授などを歴任。リスクマネジメント協会評議員。日比谷パーク法律事務所HP