日本郵政傘下のかんぽ生命保険の最大9万3000件に上る不適切販売が明らかになった問題で、かんぽ生命株式会社(以下、「かんぽ生命」)の植平光彦社長と、販売委託先の日本郵便株式会社(以下、「日本郵便」)の横山邦男社長が、7月10日に記者会見を開き、今後の対応や第三者委員会設置などの方針を明らかにした。
持ち株会社日本郵政の100%子会社の日本郵便は、かんぽ生命の保険商品の約9割を、全国津々浦々の郵便局員に販売させている。保険商品自体ではなく「不適切販売」が問題となったのが今回の不祥事であり、それは、主として日本郵便の問題だ。
両社長は記者会見で謝罪したが、その後も、郵便局員への厳しいノルマ設定が原因であることへの内部からの批判を、日本郵便が「SNS厳禁」の通達で封じ込めようとして強い反発を招くなど混乱が続いており、経営陣に対する批判は一層強まっている。
「郵政民営化」は、平成の時代における国家的事業の一つとして成し遂げられ、それによって「日本郵政」を中心とする企業グループが生まれた。しかし、現時点でも国が63%の株式を保有し、ユニバーサルサービスの提供の役割も担う「公共の財産」の一つだ。その日本郵政グループの主要2社が、令和という新たな時代に入って間もなく、国民の信頼を失いかねない重大な不祥事を引き起こした。それは、平成から令和に至る日本の歴史上も重要な事象と言うべきであろう。
「かんぽの宿問題」等に関する日本郵政ガバナンス検証委員会
私は、郵政民営化直後の西川善文日本郵政社長時代に起きた「かんぽの宿」問題などの一連の不祥事を受けて2010年に総務省が設置した「日本郵政ガバナンス検証委員会」(以下、「検証委員会」)の委員長を務めた (【総務省HP】)。その際、不祥事の事実関係の調査、原因分析、再発防止策の策定を行い、成果として公表したのが「日本郵政ガバナンス問題調査専門委員会報告書」(以下、「専門委員会報告書」)である。
今回、日本郵便の社長として謝罪会見に臨んだ横山氏は、当時、西川社長の側近として日本郵政の専務執行役員を務めており、日本郵便に900億円を超える損害を生じさせた「JPEX問題」などにおいて中心的な役割を果たした人物だ。
西川社長時代の日本郵政をめぐる一連の不祥事は、小泉政権以降の自民党政権下での郵政民営化を象徴する不祥事でもあり、問題を徹底追及してきた野党が政権の座についたのであるから、旧政権時代の問題について責任追及が行われるのは自然な流れとも言えた。郵政民営化反対の中心的立場であった亀井静香金融担当大臣は西川社長らに対する厳罰を強く求めていた。
しかし、当時、原口総務大臣の下で総務省顧問の立場にあった私は、政治的な意図から離れて、責任追及ではなく、西川社長時代の日本郵政で起きた問題を通して、日本郵政のガバナンスそのものを検証し、組織改革に結び付けていくことを提案した。そこで、事実関係の調査と原因分析・再発防止策の提言を行うために設置されたのが検証委員会だった。
検証委員会を「政治的つるし上げ」の場にするのではなく、日本郵政の将来に向けての建設的な議論を場にするため、政治家もメンバーに入っていた検証委員会から切り離された組織として、橘川武郎一橋大学教授(当時)、水嶋利夫元新日本監査法人理事長などの有識者、調査専門家だけをメンバーとする「調査専門委員会」を設置し、その調査結果を専門委員会報告書として公表することにした。そこでは、責任追及の根拠となり得る事実は具体的には記述せず、代表者以外の会社幹部はすべて匿名にした。
西川氏、横山氏らに対しても、総務省を通じて、そして、委員長の私から直接、中立的・客観的な立場で、日本郵政のガバナンスを議論するための調査であり、委員会の設置目的が責任追及ではないことを説明してヒアリングへの協力を求める文書を送ったが、結局、協力は得られなかった
その横山氏が、2016年に日本郵便の社長に就任するなどとは、夢にも思わなかった(横山社長就任に関する問題について報じた記事として、FACTA【日本郵政「横山復帰」で内紛再燃】、日経ビジネス【日本郵便、トップ人事が象徴する「国営郵政」】がある)。そして、今、一層深刻な不祥事が表面化し、日本郵政グループは再び国民の信頼を失いかねない事態に直面している。
今回、記者会見映像で、その「横山邦男日本郵便社長」の姿を初めて見ることとなった。経営トップとして重大な責任があるからこそ、会見冒頭で深々と頭を下げて「謝罪」をしたのだと思うが、横山氏には、「反省」という言葉もなく、今回の事態を招いたことへの「社長としての責任」についての言及もなかった。
9年前、一連の不祥事への対処を、責任追及ではなくガバナンス問題についての建設的な議論中心にすることを強く提案したのは私だった。それが、その後、横山氏の日本郵政グループへの復帰、日本郵便社長就任を許す結果につながり、今回のような事態に至ったとすれば。私にも、その責任の一端はあると言うべきかもしれない。
そのことへの「反省」も踏まえ、今回の不祥事の経過を概観し、改めて日本郵政のガバナンス問題を考えてみたい。
「契約者負担増」問題へのかんぽ生命の対応
6月24日、かんぽ生命は、2018年11月分の契約を調査した結果、同時期の約2万1千件の契約乗り換えのうち、約5800件で契約者の負担が増えていたことが判明したと公表した。
一般的にいって、同種類の保険を一度解約して再契約する「乗換契約」は、保障内容を見直せるメリットがある一方、再契約時に保険料が上昇するケースが多く、顧客にとって不利益となる可能性が高いため、保険業法では、特に「不利益となるべき事実を告げずに」乗換契約を行うことを明示的に禁じており(300条1項4号)、顧客本位の観点からも、顧客へのより丁寧な説明が求められる。
しかし、かんぽ生命によれば、解約によって契約者の年齢が上がることなどから保険料が増えるといった事例があったが、契約時には新旧の契約内容の比較を示すなどの対応をしており、「不適切な募集とは認識していない」と説明していた。日本郵政の長門正貢社長も、24日の定例記者会見では、かんぽ保険の乗り換え販売について「明確な法令違反があったとは思っていないが、反省している」と述べるにとどまっていた。
さらに、6月27日、24日の問題公表後の顧客の苦情や照会を受け、過去5年分の契約を調査したところ、顧客が保険契約の乗り換えにより不利益を受けた事例が約2万4千件にのぼることが判明したと発表した。既往症などの理由で顧客が旧契約から新契約に乗り換えできなかったのは1万5800件で、乗り換え時に既往症などの告知義務に違反し契約解除されたり、新契約前の病気を理由に保険金が支払われなかった事例が約3100件、本来は契約乗り換えの必要がなく、特約の切り替えで済んだ可能性がある契約が約5千件である。
かんぽ生命は、顧客に対して乗り換え前の契約に戻す意向があるかどうかなどを調べ、乗り換え前の契約に復元するなどの対応を取ると謝罪したが、この時点でも「募集の手続き自体はきちんとしている」(室隆志執行役)と説明したうえで「不適切な販売にはあたらない」との考えをあらためて示していた。
西日本新聞報道で明らかになった「弁解の余地のない不適切販売」
7月7日、日本郵便で、保険の乗り換えにおいて、新規契約から7カ月以上、旧契約の解約をせず、顧客に新旧の保険料を二重払いさせているケースが、2016年4月~2018年12月だけで、約2万2千件(2016年度約6400件、2017年度約8500件、2018年4~12月約7千件)に上ることを西日本新聞が報じた。
日本郵便では、内部規定で、新しい保険を契約後、6カ月以内に旧保険を解約したケースを「乗り換え」と定義し、契約した局員に支払われる手当金や営業実績は「新規契約の半分」と規定していた。しかし、通常、顧客にとって保険料を二重払いをすることの合理性はない。二重払いのケースの多くは、郵便局員が、満額のインセンティブを得るために、強引な営業で、旧保険の解約時期を意図的に遅らせたことによるものとしか考えられない。
また、内部規定では、顧客が旧契約の解約から3カ月以内に新契約を結んだ場合も「乗り換え」と定義されているので、満額のインセンティブを得るためには、新規契約の4カ月以上前に旧保険を解約させる必要がある。しかし、その場合、顧客は解約から新規契約までの間、無保険状態となり、何かあっても保障を受けられない。
まとまった金銭を一時的に必要とするような例外的な場合をのぞき、旧契約の解約は、次の契約と同時にするのが通常であるが、日本郵便では、新規契約の4カ月以上前に旧保険を解約させるケースも多数あり、契約前の4~6カ月間に無保険だったケースが2016年4月~2018年12月の契約分で約4万7千件(2016年度約1万7100件、2017年度約1万6600件、2018年4~12月約1万3千件)であった。
このような「乗り換え潜脱」は、内部規定上、「乗り換え」に当たらないため、新旧契約の比較表を用いて丁寧に説明するといった「乗り換え」におけるルールが適用されていなかったとされており、顧客が不利益となる事実を理解せずに、事実上乗り換えをさせられていたという重大な問題が発生していた可能性が高い。
こうして、郵便局員がインセンティブを得るなどの動機で、意図的に不適切な販売を行っていた可能性が高いことが判明するに至り、日本郵政グループの保険販売をめぐる問題は大きく拡大し、7月10日に、両者の社長が謝罪会見を開くに至ったのである。
指摘され続けていたかんぽ保険の不適切販売
郵便局員の不適切な保険販売の問題への指摘は、今に始まったことではない。「保険業法違反の営業」として金融庁に届け出た件数は、2015年度16件、2016年度15件、2017年度20件である。また、「説明不十分」「不適切な代書」など、内部で「不祥事故」と呼ばれる不適正な営業は、2015年度124件、2016年度137件、2017年度181件と、一向に減少していない。総務省は2019年6月19日に、日本郵政に対し、傘下のかんぽ生命等の不適切営業について、グループ全体のコンプライアンスの徹底と、活動の適正化を指導した。
また、2018年4月24日のNHKのクローズアップ現代では、「郵便局が保険を“押し売り”!? ~郵便局員たちの告白~」と題してこの問題を特集した。1か月で400通を超える情報提供を受け、高齢者に対し不適切な手続きで保険を販売する実態が放送されていた。
さらに、東洋経済や西日本新聞などは、関係者からの告発や、内部資料を入手するなどして、郵便局員の保険の営業手法について、問題提起を度々行っていた。
これらの各所からの指摘に対しては、日本郵便も、改善策として、2017年度から、80歳以上の顧客と契約を結ぶ際、必ず家族にも保険内容を説明するルールを導入。2018年度には、販売目標が高すぎるとして、会社全体の目標を1割引き下げ、2019年度からは、80歳以上の新規客に対する勧誘を自粛するなどはしていたようだ。しかし、保険の「乗り換え」が内包する様々なリスクについては、「違法ではない」、「不適切な販売とは考えていない」といった発言を繰り返していたのである。
記者会見での不適切販売への謝罪と対応方針の公表
7月10日記者会見では、かんぽ生命の植平社長と日本郵便の横山社長が不適切販売を認めて謝罪した。そして、郵便局員への過剰なノルマが不適切販売につながったとして、新契約をとった販売員に対する評価体系や目標設定を見直すこと、二重に徴収していた保険料の返還を進め、乗り換えの推奨もやめるなどの改善策を明らかにした。早期に第三者委員会を設置すること、社内の調査結果について年内に経過を報告することなどの方針も明らかにした。
しかし、今後の調査で販売職員の法令違反などが判明すれば「厳正に対処する」と明言する一方、経営陣のノルマ設定や、現場管理者のノルマ管理などの問題解明については、消極的な発言に終始し、経営陣の責任については、「みずから問題の解決をやり遂げることが責任」などと述べて引責辞任を否定した。
日本郵便の横山社長は、不正の原因について、超低金利など販売環境が激変し、郵便局がこれまで多数販売してきた貯蓄型の商品は魅力が薄れているにもかかわらず「営業推進体制が旧態依然のままだった」と述べた。
貯蓄型商品中心の営業では、従来のような保険販売は見込めなくなっているのに、営業目標やノルマを重視する従来の営業推進が行われていたことが原因だとする見方自体は、誤ってはいないだろう。しかし、問題なのは、なぜ「営業推進体制が旧態依然のままだった」のか、それについて経営トップとして、どのように考え、対応をしていたのかを明らかにしなければならないはずだ。
ところが、会見では、今後の改善の方策は示すものの、旧態依然の営業体制のままであった原因についての言及も、それに対する反省も全くない。
そのような横山氏の姿勢を象徴しているのが、会見で「経営者であれば、施策を打った段階で、ある程度こういうことが起こるんではないか、現場でどうなっているかを確認すべき」「わかったのはいつ頃なんですか?まずいことが起きているんじゃないかと気づいたのはいつ頃なんですか?」と質問されたのに対する次のような答え方だ。
いつ頃かというのはですね、あのー・・・、えーっと・・・、商品の募集品質の改善は常に現場の実態を確認しながらやっておりますので、これは常にやっておるところでありますけれども、目標の体系が実態にふさわしいのかどうかという疑問を持ち始めたのは、最近のことです。
しかし、横山氏が、2016年6月に日本郵便社長に就任するずっと前から、「超低金利」「貯蓄性商品の販売不振」の状況は続いていたはずだ。その横山氏は、社長就任後、2018年に日本郵政グループの中期経営計画で、生命保険業について「保障重視の販売、募集品質向上による保有契約の反転・成長」を打ち出していた一方で、その1年も後になって、目標の体系が実態にふさわしいのかどうかという疑問を持ち始めた、それまでは、現場の状況に気づかなかったというのである。メガバンク三井住友銀行の元幹部の言葉とは思えない。
しかも、前述したように、日本郵便での不適切な保険営業に関しては、総務省の指導やマスコミの追及を受けるなどをしており、気づかなかったわけがない。会見で横山氏の説明は不誠実極まりないものと言わざるを得ない。
「日本郵政のガバナンス問題」としての不適切販売問題
今回のような不適切販売問題が発生した要因として、かんぽ生命の保険商品では、民業圧迫の懸念などから保険金の上限額が2千万円と決まっていて、一般的に保険の「転換」の際に用いられる「新旧の契約の一時的併存」ができず、旧契約を解約した後に新契約に入り直す「乗り換え」で新旧の契約に切れ目が生じることから、問題が生じやすいということが指摘できる。
確かに、他の保険会社とは異なる条件であることは確かだ。しかし、一般の民間企業とは異なる条件による制約を受けることは、法的にもユニバーサルサービスの確保義務を負う日本郵政グループにおいては致し方ないことだ。西川社長時代の日本郵政の問題に関して専門委員会報告書で「A専務」として指摘を受けた立場でありながら、敢えて日本郵便の社長に就任した以上、そのような困難な条件を克服していく覚悟が求められるのは当然のことと言えよう。
記者会見で横山社長は、「お客様本位がすべてに優先するという考えが全局に徹底すれば、ユニバーサルサービスの一環として、全国津々浦々で郵便局員が保険を適切に販売することは十分可能」と言い切った。しかし、これまで、「乗り換え」に関しての問題が生じやすいというリスクにすら気付かなかった、或いはそれを無視していたとしか思えないことを棚に上げて、どうして「郵便局員が保険を適切に販売することは十分可能」などと言い切れるのだろうか。
9年前の専門委員会報告書においては、日本郵政のガバナンス問題について、「西川社長時代の日本郵政においては、政治情勢の激変の中、『郵政民営化を後戻りさせないように』との意図が背景あるいは誘因となって、拙速に業務執行が行われたことにより多くの問題の発生につながった」との基本認識に基づき、「日本郵政の事業をめぐる環境は、外部要因に強く影響される。
そのため、今回の個別検証でも明らかになったが、これまでの日本郵政の経営をみると、その変化を見越し、環境が大きく変化する前に短期的に結果を出そうとして拙速に経営上の意思決定が行われ、事業が遂行される危険性を有しているものと推察される。」と述べている。
不動産売却やゆうパック事業とペリカン便事業との統合等、経営上の意思決定に関する問題であった西川社長時代の日本郵政の不祥事と、営業の現場で発生した今回の保険商品の不適切販売に関する問題は、性格が異なる問題だ。
しかし、日本郵政グループには、とりわけ非上場である日本郵便という組織には、全国の郵便局網を活用し、日本社会全体に対してユニバーサルサービスを提供する組織として、一般の民間企業以上に、業務の公正さ、適正さが求められる。そのような要請に十分に応えるべく経営陣として適切な意思決定・対応をしていたと言えるのか、という点において、今回の問題も、「日本郵政のガバナンス問題」であることに変わりはないのである。
「反省のない横山氏」の日本郵便社長就任の是非
横山氏の日本郵便社長就任の問題を指摘した2016年【前掲FACTA記事】は、以下のように述べている
JPEXや接待疑惑に関しては、総務省が10年に公表した「日本郵政ガバナンス問題調査専門委員会報告書」にも明記されている。民主党政権下でまとめられた報告書ゆえに菅は信ずるに足らないと見たのか。あるいは、過去の罪は西川にのみあって、横山に責任はないと判断したのか。
しかし、全国2万4千の郵便局長、40万人(臨時職員含む)の郵便職員には、横山に対するトラウマが残っている。西川時代のような「上から目線」では必ず現場の抵抗に遭い、改革の歯車が逆回転する。一騒動も二騒動も起こるだろう。
そのような懸念は意に介さず、社長就任後の横山氏は、オープンイノベーションの考え方を前面に打ち出し、改革指向の積極経営指向を鮮明にしていった(日経ビジネス【第23回:市場主義とオープンイノベーションが成長を生む:「仕事がなくなるかもしれない」危機感がバネに】など)。
しかし、日本郵便という巨大組織で本当のイノベーションを実現しようと思えば、まず「足元の不安要素」を慎重に検討し、十分な対処を行った上で積極的な施策を行うというのが当然であろう。
ユニバーサルサービスの現場の郵便局で起きている問題に目もくれず、「イノベーション」に向かって突き進もうとしている横山氏の姿は、西川社長時代の日本郵政と本質的に変わることがないように思える。
このような「反省のない経営者」に委ねられた日本郵便という会社にも、それを中核とする日本郵政グループにも明るい展望は描けないように思う。
郷原 信郎 弁護士、元検事
郷原総合コンプライアンス法律事務所