対韓国輸出管理:「横流し先は中国か」を統計から読み解く --- 五十嵐 哲也

寄稿

7月1日に経産省が韓国向けの輸出管理の運用見直しの方針を発表して以降、本見直しについて日韓とも様々な報道や識者の見解が溢れている。しかし本見直しの理由について経産省は、不適切な運用があったと述べるのみだ。そのため様々な憶測がなされている。かつ見直し当初は日本政府当局からも、安倍首相や世耕経産相が徴用工問題との関連を発言してしまうほど、経産省の公式見解からずれてしまっていた。現在でも、不適切な運用の中身を、北朝鮮やイランへの横流しと関連付ける識者の論は多い。

サムスン社半導体サイトより:編集部

しかし、確たる根拠なしに事実上の経済制裁と言える運用見直しを行うことは、優秀な日本の官僚機構にしてはありえない。ただ、現時点で明らかな北朝鮮やイランへの横流しの証拠は出ていない。そうした状況の中で、宇佐美典也氏が韓国への輸出規制の背景を論じた記事を寄稿された。

参照:韓国への輸出規制の背景に見え隠れする中国の国家戦略(特別寄稿)

非常にわかりやすく納得できる記事であるが、不適切な運用の中身について、以下のように述べられている。

「日本から輸入されたフッ化水素が韓国から中国に横流しされている可能性が高いと言わざるを得ない。ほぼ100%といってもいいだろう。」

宇佐美氏は理由を中国への横流しと述べられているが、あくまで推測であり、証拠を提示しているわけではない。

それでは公開されている情報を元に、中国のフッ化水素酸の輸入先を分析してみよう。

中国にはサムスン西安(NAND)、SKハイニックス無錫(DRAM)、インテル大連(NAND)等の半導体製造工場があり、韓国ほどではないが多くの半導体を生産している。中国の統計でフッ化水素酸は電子部品用とその他に分かれており、韓国からの輸入に関しては電子部品用が95%を占めている。また税関管轄区域は、サムスン西安のある陝西省が69%、SKハイニックス無錫のある江蘇省が29%で、合計98%を占めている。明らかにサムスン西安工場、SKハイニックス無錫工場のための輸入である。また、台湾からの輸入に関しては、インテル大連のある遼寧省が49%を占めている。

この統計からわかるように、中国は日本よりも韓国、台湾からフッ化水素酸を輸入している。重要なことは、中国・台湾にはそれなりに、高純度(と称している)フッ化水素酸製造工場があることだ。逆に、韓国に中国へ輸出できるほどの高純度のフッ化水素酸製造工場があるのかどうか。まあ、韓国にあるのであれば、ここまで韓国が慌てることはないとは思う。私は中国についてはそれなりに調べられるが、韓国の半導体業界自体についてそこまで詳しくはなく、識者の見解をお伺いしたいところだ。

なお参考までに、日本のフッ化水素酸の輸出先は、以下の通りである。

中国は台湾からフッ化水素酸を上記期間月平均305t輸入しているが、日本から台湾への輸出量は86tである。少なくとも台湾は、中国へ横流しできるほどの数量を日本から輸入していない。逆に韓国は、中国に輸出する上記期間月平均328tより、遥かに多くのフッ化水素酸を輸入している。それだけ横流しの余地はあると言える。

以上の分析により、サムスンとSKハイニックス(敢えて韓国とは言わない)が中国の自社工場へ横流しをしている蓋然性は、極めて高いと言える。さてここからが本題である。

もし日本の韓国向け輸出を中国に横流ししていたと確定した場合、単純に韓国だけの問題ではすまなくなる。つまり、サムスン西安、SKハイニックス無錫は今後韓国からの横流し品が使えなくなるのであるから、どうやって調達するか、ということだ。

横流し先であったのだから、日本から中国向けに正規の輸出手続きを踏んでも、エンドユーザーがサムスン西安、SKハイニックス無錫であった場合、恐らく許可されないであろう。もちろんインテル大連のように、日本からの輸入に全く頼らない(※遼寧省の電子部品用フッ化水素酸輸入統計に、日本は無い)ということは可能である。

ただフッ化水素酸に限らず、例えば次世代のEUVレジストを運用見直しに加えているように、日本の高品位半導体素材がないと生産できないような、次世代の半導体の生産には、韓国、中国ともに影響が出るであろう。

五十嵐 哲也 過去中国駐在歴6年の、中国向け貿易商社社員
立場的に日中関係に深く関心を持つ。現在沖縄の基地問題や中台関係・日本の憲法改正問題などを研究中。