7月19日、イランの革命防衛隊が国営放送を通じ、「ホルムズ海峡でイギリスのタンカーが国際的な航行規則に従わなかったため拿捕し、イランの海事当局に引き渡した」と発表した。同月4日、ジブラルタル(英国領)の当局が、EUの制裁措置に反してシリアに原油を運ぼうとしたイランのタンカーを拿捕したことへの報復であろう。
イギリスのハント外相は「決して容認できない。直ちに状況が改善されない場合、深刻な結果を招く」と速やかな解放を求める。トランプ米大統領も「イランは単なるトラブルでしかない。私がイランについて言い続けてきたことが正しいと分かるだろう」と自画自賛した。
前日の7月18日には、トランプ大統領が「イランの無人機を撃墜した」と公表したばかりである。アメリカの強襲揚陸艦「ボクサー」がホルムズ海峡周辺の公海上を航行中、イランの無人機が約900メートルまで接近し、「繰り返しの警告を無視し、安全を脅かしたので防衛措置をとった」という。イランは「無人機を失ったという情報は持ち合わせていない」(ザリーフ外相)、「アメリカの艦艇が誤ってアメリカの無人偵察機を撃ち落としたのではないかと心配している」(アラグチ外務次官)とアメリカの発表を完全否定しているが、いっそう緊張が高まることは避けられない。去る6月には、逆にアメリカの無人偵察機がイランに撃墜された。まさにホルムズ海峡、波高し、である。
7月18日、トランプ大統領は「ホルムズ海峡を通る船を各国が守り、将来的にはわれわれと取り組むよう求める」と語り、改めて「有志連合」への参加を呼びかけた。翌19日には、米国務省が各国の外交官らを招いて、「有志連合」に関する説明会を開催。日本からも駐ワシントン大使館の担当者が出席した。再度7月25日にフロリダ州で会合を行うという。
他方イランは、日本など複数の国に対し、「有志連合」に参加しないよう求めている。イランとの良好な関係か、それとも日米同盟か。日本の外交姿勢は股裂き状態となっている。
果たして日本は「有志連合」に参加するのか。岩屋防衛大臣は7月16日の閣議後定例会見でこう述べた。
「仮に自衛隊を派遣する場合という仮定の質問についても、お答えを控えさせていただきたいと思います(中略)先週も申し上げたと思いますが、現段階で、自衛隊を派遣することは考えておりません。萩生田幹事長代行も、確か昨日、自衛隊を派遣するような状況にはないという趣旨の発言をされていたと思いますが、同様の認識でございます」
「日本が運用するタンカーが、一度攻撃を受けたことは事実でございますが、その後、同様の事案が発生していないということもあり、まずは、情報収集をしっかり行うと同時に、この中東の情勢全般を、しっかり注視をしていきたいと考えているからでございます。(中略)目下のところ小康状態なのではないでしょうか。そのような判断・認識をしております」
「海上警備行動の発令が法的に可能かどうかということについては、個別具体の状況を見て、判断するものだと思います。現時点で、お答えすることは困難だと思っております」
「この段階で、いわゆる有志連合といったものに自衛隊が参加するというようなことを考えているわけではありません。(中略)有志連合について、具体的に我々が検討しているわけではありません」
見てのとおり腰が引けている。やる気がない。日米同盟に加え、日本の安全保障にとり死活的な海上交通路(いわゆるシーレーン)を守るという「志」が見えない。危機感にも、当事者意識にも乏しい。
そこで政府に代わり、自衛隊が「有志連合」に参加する可能性を検討してみよう。法的には以下の2案に絞られる。一つは大臣も言及した自衛隊法第82条が定める「海上における警備行動」の発令である。同条を根拠に地球の裏側のペルシャ湾へ派遣するのは「専守防衛」からの逸脱ではないかとの議論はこの際、脇に置く。
それより問題なのが、「海上における警備行動時の権限」である。自衛隊法第93条は「警察官職務執行法第七条の規定は、第82条の規定により行動を命ぜられた自衛隊の自衛官の職務の執行について準用する」と定める。準用される警察官職務執行法第7条はその但し書で「刑法第36条(正当防衛)若しくは同法第37条(緊急避難)に該当する場合又は左の各号の一に該当する場合を除いては、人に危害を与えてはならない」と定める。
本来なら軍人たるべき自衛官の武器使用規定を、警察官職務執行法(の準用)で規律すること自体がおかしいが、それもこの際、脇に置く。
じつは武器使用制限の問題点は、自衛隊法第82条の2が定めた「海賊対処行動」に明らかだ。海賊対処行動は、自衛隊が「有志連合」に参加するための第二案である。
自衛隊法第93条の2は「海賊対処行動を命ぜられた自衛隊の自衛官は、海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律の定めるところにより、同法の規定による権限を行使することができる」と定める。その海賊対処法第六条は「準用する警察官職務執行法第7条の規定により武器を使用する場合のほか、(中略)当該船舶の進行を停止させるために他に手段がないと信ずるに足りる相当な理由のあるときには、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる」とした。
上記引用で略した部分も実務上、重要だが、専門的にわたるので、みたび脇に置く。誰でも上記をよく読めばわかるとおり、海賊対処行動のほうが、海上における警備行動よりも、武器使用の制限が緩い。前者は、後者が「準用する警察官職務執行法第七条の規定により武器を使用する場合のほか」「武器を使用することができる」ケースを定めた。前者のほうが後者より「武器を使用することができる」場面が多い。つまり武器使用制限のハードルが低い。
ゆえに実効的な対処を追求するなら、海賊対処行動として自衛隊を派遣する第二案が望ましい。なぜなら、海上警備行動を発令して派遣しても、海賊対処でなら可能な武器使用すら行えないという制限が残るからだ。
ならば第二案が正解か。じつはそうとも言えない。なぜなら海賊対処法第2条が《この法律において「海賊行為」とは、船舶(軍艦及び各国政府が所有し又は運航する船舶を除く。)に乗り組み又は乗船した者が、私的目的で(以下略)》云々と定めたからである(丸括弧内も引用)。法律上「軍艦及び各国政府が所有し又は運航する船舶」は除外されている。ゆえにイランを想定した「有志連合」のケースでは使えない。
以上のとおり、第一案にも第二案にも致命的な欠陥がある。本来なら、特措法を制定するなどの第三案が議論されるべきところだが、政府与党内からそうした声は上がってこない。それどころか、大臣にも幹事長代行にも、やる気がない。危機感すら乏しい。7月21日は参院選の投開票日だが、以上の問題点を訴えた候補者がひとりでもいただろうか。
日本国には「有志連合」に参加する意志も、資格もない。湾岸戦争で自衛隊を派遣できなかった平成日本が、問題を先送りし続けたツケを、いまも令和日本は背負っている。
潮 匡人 評論家、航空自衛隊OB、アゴラ研究所フェロー
1960年生まれ。早稲田大学法学部卒。旧防衛庁・航空自衛隊に入隊。航空総隊司令部幕僚、長官官房勤務などを経て3等空佐で退官。防衛庁広報誌編集長、帝京大准教授、拓殖大客員教授等を歴任。アゴラ研究所フェロー。公益財団法人「国家基本問題研究所」客員研究員。NPO法人「岡崎研究所」特別研究員。東海大学海洋学部非常勤講師(海洋安全保障論)。『日本の政治報道はなぜ「嘘八百」なのか』(PHP新書)『安全保障は感情で動く』(文春新書・5月刊)など著書多数。