ボリス・ジョンソンで大丈夫か?

長谷川 良

ボリス・ジョンソン氏(55)は24日、エリザベス女王から正式に首相に任命された。ボリス号はいよいよ就航する。英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)では「英国の要求が受け入れられない場合、合意なき離脱も辞さない」という強硬姿勢を表明し、ブリュッセルを脅迫してきた経緯があるだけに、英国の異端児の政治に一抹の不安と懸念の声が絶えない(このコラムでは以下、愛称のボリスで呼ぶ)。

エリザベス女王から首相に任命されたボリス・ジョンソン氏(2019年7月24日、英宮殿内、BBC放送から)

明確な点は、離脱強硬派のボリスの登場で、2016年6月の国民投票の結果を受け、進められてきた英国のブレグジット日程の再延長はなくなり、遅くとも10月末には実現する可能性が高まったことだ。ある意味で、ブリュッセルにとってもボリスの登場は朗報かもしれない。

ボリスは国民投票前、「EUの統合プロセスはナポレオン、ヒトラーなどが試みたものであり、それら全ては最終的には悲劇的な終わりを迎えた、EUはヒトラーと同じ目標を追求している。超大国だ」と英日刊紙デイリー・テレグラフで述べている。

テリーザ・メイ前首相はブリュッセルとの離脱交渉で合意した内容を3度、議会で拒否され、最終的には辞任に追い込まれたが、ダウニング街10番地の首相官邸前で辞任の意向を明らかにした時のメイ前首相の姿は忘れられない。メイ前首相の目頭から涙が落ちそうだった。そのシーンは英国の離脱交渉の困難さとその難題に3年間余り取り組んだ女性首相の一途さを端的に物語っていた。

その英国でメイ氏に代わり“英国版トランプ”といわれるボリス新政権がスタートする。このトップのチェンジが吉と出るか、凶と出るかを判断できるまでもうしばらく時間が必要だろう。

ロンドンの首相官邸前で演説するボリス・ジョンソン新首相(2019年7月24日、ロンドンで、BBC放送から)

英国はEU内でドイツに次いで第2番目の経済大国であり、EU内ではフランスと共に軍事大国であり、核保有国だ。その英国の離脱は英国の命運と共に、EUの未来をも左右させる一大政変だ。英国の離脱交渉に集中し、「英国なきEU」の未来についてじっくりとした議論がこれまで聞かれないことに少し懸念が残る。英国がEUに占めてきた経済実績は全体の15%、EU人口の13%だ。その大国が抜けた後はEU全体の国際社会に占める存在感、パワー、外交力は弱体せざるを得ないことは明らかだ。

難問は、英国領の北アイルランドとEU加盟国のアイルランドとの国境問題に関するバックストップ(安全策)だ。ボリス氏はブリュッセルに強硬姿勢を見せてくるだろう。メイ首相とEU側が合意した内容では、アイルランドの国境管理問題が解決するまで、英国がEUとの関税同盟に一時的に留まるという内容だ。ボリスはブリュッセルから何らかの譲歩がない限り、離脱に伴う打ち切り金の支払いを拒否する意向さえ匂わせているだけに、ブリュッセルは対応で苦慮するかもしれない。

フォンデアライエン次期委員長は英国との離脱交渉の合意の見直しに応じる可能性を示唆しているが、EUの基本方針は明確だ。EUのミシェル・バルニエ主席交渉官は「ブリュッセルは英国と新たな交渉をする考えはない」と、はっきりと警告している。

ボリスは何がなんでも離脱を早期実現したい考えだ。ただし、ボリスのこれまでの政治キャリアを振り返ると、同氏は変わり身の早い政治家だ。ロンドン市長、庶民院議員、外相などを務めてきた。これがダメなら、あれだ、といったいい意味で柔軟性があり、現実的だ。

ちなみに、ボリスは政治家になる前、英紙のブリュッセル特派員だったが、EUに懐疑的なボリスの記事をマーガレット・サッチャー(元首相)は大好きだったという話が伝わっている。

ボリスの最大の武器は演説の巧みさだ。独週刊誌シュピーゲルはボリスの政治スタイルをシニカルに評している。ボリスは自身の発言の内容に問題点があり、追及されると、素早くジョークを飛ばし、焦点をずらす。批判した者はそのジョークの面白さに心を奪われ、何を批判したかを忘れてしまうのだ。政界の暴れん坊・ボリスがこれまで大きな致命傷を受けずに生き延びることができたのは、自身に批判的な者を抱腹絶倒させるジョークを何時でも発せる才能があるからだろう。

国民はボリス氏を“英国のケネディー”と受け取り、英国を大きく刷新、改善してくれる政治家と期待する一方、トランプ氏のような存在で英国政界を二分し、カオスに陥れるのではないか、と危惧する声も聞かれる。

ボリスの父方の祖父はオスマン帝国のアリ・ケマル内相の子孫だ。第一次世界大戦中、名前を母方のジョンソンに改名している。母親の先祖はユダヤ系ロシア人だ。ボリス氏は自身の出自について「民族のるつぼから生まれた男」と自嘲的に語ったという。

ちなみに、ボリスは自分が首相になる確率について、「エルビスと火星で出会うようなものだ」と語っている(オーストリア日刊紙プレッセ7月24日)。とにかく、ボリスの発言はユーモアと共にシニカルであり、シャープだ。

いずれにしても、ボリスは英国をEUから離脱させた政治家としてその名を歴史に残すだろうか。それとも、英国を離脱させた後、、英国をEUに再び加盟させた稀有な政治家として歴史に記されるだろうか。後者のシナリオは案外現実味がある。換言すれば、ボリスならばあり得るシナリオだということだ。

ボリスの理想とする政治家はウィンストン・チャーチル元首相という。ボリスが“第2のチャーチル”となるか、その確率は英国プロサッカーのプレミア王者マンチャスター・シティ―がJリーグのヴィッセル神戸に0対3で敗北するよりも案外高いかもしれない。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年7月25日の記事に一部加筆。