親子上場問題:親会社が「悪者」にならないために果たすべき説明責任

先週金曜日に開催されたアスクルの株主総会で、親会社(IFRSルール上)であるヤフーの意向により、社長さんと3名の独立社外取締役さんの再任が否決されました。この親子の紛議を契機として、経済同友会、日本取締役協会、日本コーポレートガバナンス・ネットワーク等の団体から「親会社による議決権行使、とりわけ上場子会社の社外取締役の指名に関する議決権行使について、日本の企業統治の在り方に重大な影響を及ぼす懸念」が表明されています。

両社HPより:編集部

6月末に公表された経産省「グループガバナンス実務指針」においても、親会社が取締役を(子会社に)派遣しようとしたところ、上場子会社側の社外取締役が強硬に反対した事例について「実質的に、社外取締役が上場子会社の企業価値や一般株主の利益を確保するにあたり非常に機能している」とコメントされているので(実務指針6.3.2「上場子会社における独立社外取締役の役割」参照)、親会社が子会社の独立社外取締役の選解任に関与すること自体が「悪いこと」のような印象を世間的に持たれてしまったようです。

私も過去に上場子会社の独立社外取締役を務めた経験がありますが、親会社からは「子会社の少数株主の利益を優先的に考える原理主義者」として対立関係者の扱いを受け、一方子会社の一般株主からは「どうせ親会社にシッポをふる(親会社の役員に忖度する)世渡り上手な外部役員」とみなされ、「ああ、これが上場子会社の社外取締役の『悲しい性(さが)』なのか」と痛感いたしました。

したがって、会社のために善管注意義務、忠実義務を尽くすというのはどういった行動をとることなのか…自身として公正な立場で判断する能力と気概を持つ必要があると思います。

ところで親子上場問題が世間で勃発しますと、なんとなく子会社に正義があり、親会社に「後ろめたい不正義」があるかのようなイメージを持たれますし、過去の裁判例をみても「とんでもない少数株主イジメ」のような事例もあります。ただ、適正価格での完全子会社化に注力したり、グループ全体のレピュテーションリスクに配慮して、他の子会社よりも有利な対応を検討するケースもあります。

親会社がバックにいるからこそ、子会社に何かあったら支援してくれるだろう、との安心感がありますし、親会社のネームバリューで子会社の取引も円滑に進むだろう、といった期待感をもつ一般株主の方もおられます。現に、上記グループガバナンス実務指針は、親会社によるグループ全体最適のためのポートフォリオ管理を要請しているので、子会社のパフォーマンスが悪くなれば、子会社のガバナンスに関与することも検討しなければなりません。

ただ、ここからは私の個人的見解ですが、親子上場には構造的な利益相反関係を排除する要請があり、逆に親会社における子会社株式という財産の管理(ポートフォリオ管理)の要請もあるので、これらはトレードオフの関係にあります。そしてそのトレードオフを(円満なうちに)解消する道は、上場子会社の完全子会社化に踏み切るか、上場子会社の独立性は尊重したままで、独立社外取締役の活用を図るか、のふたつしかないと考えます。

また、親会社には(会社法上)企業集団内部統制の整備・運用の責任があります(ちなみにヤフーはアスクルとの関係で、会社法上の親子関係にはないと思われます)。子会社が上場している場合には子会社の少数株主の利益を保護することも子会社取締役の適正な職務執行のひとつです。

「子会社取締役の職務執行の適正を確保する体制」を支援しなければならないので、少数株主保護を職務とする子会社の社外取締役の選解任には、親会社の取締役会での格段の配慮(十分な審議)が必要となります。上記経産省のグループガバナンス実務指針では、

親会社は、グループ全体としての企業価値向上や資本効率性の観点から、上場子会社として維持することが最適なものであるか、定期的に点検するとともに、その合理的理由(グループの事業ポートフォリオ戦略と整合的であり、利益がコストを上回っていること)や上場子会社のガバナンス体制の実効性確保(そのための取締役の選解任権限の適切な行使)について、取締役会で審議し、投資家に対して情報開示を通じて説明責任を果たすべきである(6.2.1「グループの事業ポートフォリオ戦略の視点」参照)

とされています。まさに、今回のヤフーの議決権行使の問題で考えるなれば、独立社外取締役のパフォーマンスについてはヤフーの取締役会で(従前から)議論されていたのか、独立社外取締役の各人と面談等によって上場子会社の取締役たる適正に関する審査を行ったのか、ヤフーの取締役会では(3名の方々が)子会社の独立社外取締役として、どのような理由で「ふさわしくない」との判断に至ったのか、といったところをヤフーの投資家、株主向けに説明する必要があるのではないでしょうか。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録  42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年8月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。