信託契約の当事者を拘束する信託の本旨

「信託法」二十九条には、「受託者は、信託の本旨に従い、信託事務を処理しなければならない」とある。同法には、「信託の目的」という用語もあるが、信託法の権威であった四宮和夫は、信託の本旨について、「「信託ノ目的」を、信託のあるべき姿に照らして理想化したもの、換言すれば、委託者の意図すべきだった目的」と解説していた。

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信託は、委託者と受託者との間の契約であるが、その本質的な特異性として、契約当事者ではない受益者が真の主役になっている。契約当事者ではない受益者の利益が保護されるためには、委託者と受託者は信託の目的に拘束されなくてはならないが、契約当事者でない受益者は、法律上の主体ではないから、能動的に自らの利益を守ることができない。そこで、この受益者の受動的立場を保護するために法律上の工夫が必要となる。その工夫が信託の本旨である。

受益者の将来にわたる利益は、その現在価値として、信託された資産に化体している。資産というものの経済的意味は、その資産から生じる将来利益の現在価値である以上、これは当然の論理構成である。従って、受益者の利益を守ることは、受益者に帰属すべき将来利益の化体としての資産の適正な管理に帰着する。

資産は活きもの、即ち、活かして収益されるべきものである。故に、資産の活かし方、即ち、資産管理の方法が資産からあがる収益の多寡と損失の可能性を規定する。ここに、信託の本旨が重要な意味をもつ理由がある。例えば、結果的に大きな損失を生む可能性を高めてまで収益性を追求すべきか、積極的な収益機会を放棄しても元本の保全を最優先させるべきか、それを決めるのは、受託者による信託の本旨の理解なのである。

受託者の責任は信託の本旨に忠実な資産運用である。そして、信託の本旨が偏に受益者の利益の保護のためだけに存するとすると、それは委託者をも拘束する、即ち、状況によっては、受託者は、委託者の指示に反してすら、信託の本旨に忠実でなければならないのである。

 

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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