イラン問題の専門家で米ジョンズホプキンス大学で政治学の教鞭を取るヴァリ・ナスル氏は独週刊誌シュピーゲル(8月3日号)とのインタビューの中で、中東情勢が戦争の危機に直面していると警告し、「イランはトランプ政権を信頼しておらず、米国との対話には反発が強い一方、イラン核合意の欧州3国(英仏独)は米国の圧力に抗することはできない」と指摘、米国とイランの現状は戦争前夜の状況を呈してきたと述べている。
同氏によれば、トランプ大統領はイランとの2カ国交渉を願っているが、ボルトン大統領補佐官やポンぺオ国務長官はイラン体制の崩壊を目標としていること、トランプ政権がイランの原油輸出を完全にストップさせる一方、今年4月にはイラン革命防衛隊(IRGC)を国際テロ組織に指定したことで、米国との対話も視野に入れていた穏健派ロウハニ大統領らの政治力が弱まり、対米強硬路線が強まってきていると解説している。
ちなみに、トランプ氏の強い要請を受け安倍晋三首相が6月13日、イランを訪問し、同国最高指導者ハメネイ師らと会見、トランプ氏の親書を手渡すことになっていたが、ボルトン大統領補佐官は安倍首相のテヘラン到着直前、対イラン追加制裁を下し、安倍首相の米国とイラン間の調停外交を無意味にしたと説明。その後、イラン側も米国の無人機を爆発させ、国際原油タンカーを拘束するなどの強硬手段に乗り出してきた。
ナスル氏は、「イランは欧州の対応を注視し、米国との正面衝突を回避するため1年間余り、“戦略的忍耐”を続けてきたが、ボルトン補佐官の強硬路線に直面してイラン側の忍耐は限界に達した」という。
ところで、ナスル氏は、近代史で本当の革命は、「フランス革命」、「ロシア革命」、中国の「文化大革命」、そして「イラン革命」を挙げ、“近代の4大革命”と呼んでいたが、偶然かどうかは別として、トランプ米政権は現在、その4大革命と関係がある国(発祥地)、指導者と対立してことに気が付いた。
「フランス革命」(1789~99年)は中世時代からのローマ・カトリック教会の影響を脱し、身分制と領主制を廃止し、人間性の回復、自由と平等と友愛を求める運動だった。フランスに端を発した市民革命は欧州全土に大きな影響を与え、歴史は近代の夜明けを告げた。
トランプ大統領はフランスのマクロン大統領とはかなり頻繁に会談しているが、両大統領は欧州の安保問題から貿易問題までことごとく衝突を繰り返し、トランプ氏は8日、イラン問題で「米国はフランスにイラン側との交渉など要請していない」と、テヘランに「曖昧なシグナルを送った」とマクロン氏を批判したというニュースが流れたばかりだ。トランプ氏は元々、マクロン氏が願う強い欧州連合(EU)に対しては非常に懐疑的だ。
「ロシア革命」(1917年)は欧州のキリスト教社会を温床に台頭した共産主義が無神論的唯物世界の労働者の天国建設を標榜して起きた革命だ。最終的には労働者の天国ではなく、共産党による独裁政権を誕生させたことはまだ記憶に新しい。その盟主ソ連の後継国ロシアでは失った大国の回復を願うプーチン氏が登場し、既に20年間余り政権を掌握してきた。そのプーチン氏のロシアとはトランプ氏は核軍縮問題で衝突し、中距離核戦力全廃条約(INF)を破棄するなど、対立路線に入ってきている。
そして中国の「文化大革命」(毛沢東主導の革命運動、1966~77年)は習近平国家主席の「中国の夢」の実現を目指し、国家管理市場経済を標榜し、世界制覇に乗り出してきた。トランプ米政権とは貿易分野だけではなく、軍事、宇宙開発まで覇権争いを展開している。中国通信機器大手ファーウェイ(華為技術)との争いは米中代理戦争の様相を呈してきた。ペンス米副大統領の中国政策に関する演説(2018年10月4日)はトランプ政権の対中政策をもっとも明確に説明している。
最後に、「イラン革命」(1978~79年)だ。ホメイニ師が亡命先のパリから戻り、イスラム教を国是としたイスラム国家建設を宣言。テヘランの駐米国大使館にデモ隊が流れ込み、米外交官を人質にするなど衝突。米大使館の占拠以来、米国とイラン両国は険悪な関係が続き、今日に至る。イラン革命は世界のイスラム教根本主義を鼓舞し、欧米社会にも大きな影響を与えてきた。
トランプ大統領は昨年5月8日、13年間の外交交渉の結果合意したイラン核合意を破棄し、イランとの対立を再燃させた。イランの聖職者支配政権の打倒をもくろむ米国と、地域大国としての影響力を維持したいイランとの衝突は中東全域を戦火にする危険性が出てきた。
以上、トランプ米政権は現在、歴史的な革命であるフランス革命、ロシア革命、中国の文化大革命、そしてイラン革命の4大革命の発祥国(後継国)と一種の覇権争いを展開させているわけだ。
トランプ政権の試みが成果をもたらすのか、惨めな敗北を喫してしまうかはもう暫く見ないと判断できない。明確な点は、トランプ氏が歴代米大統領とは全く違った出自、キャリア、政治信条を掲げてホワイトハウス入りした大統領だということが改めて分かる。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年8月14日の記事に一部加筆。