韓国が日本に対する輸出優遇措置の解除を発表し、日韓の対立はますます悪化してきたが、両国政府の問題設定が違うので議論が空回りしている。 この問題は三つのレベルを区別する必要がある。
- 貿易管理:日本が半導体材料の一部の韓国に対する輸出優遇措置を解除し、韓国もそれに対して同じ措置で報復した。
- 国際法:2018年の韓国大法院判決で戦時中に日本で働いた労働者の慰謝料請求が認められ、韓国内の日本企業の資産が差し押さえられた。
- 歴史問題:大法院判決は、日韓併合は日本の「不法な侵略」であり、その支配下における労働はすべて「強制動員」だと主張している。
この三つは論理的には別の問題だが、大法院判決に対抗して日本が韓国の優遇措置を解除したため、1と2が混同された。日本政府の公式の立場は、これは純然たる安全保障上の措置で、大法院判決とは無関係だというものだが、それを信じる人はほとんどいない。
本質的な問題は2だが、このレベルで問題を解決することは困難だ。大法院判決では請求権協定そのものは無効としなかったが、徴用工訴訟の原告の請求は戦時中の「不法な強制動員」の苦痛に対する慰謝料なので(未払い賃金の賠償などを定めた)請求権協定の適用対象外だという。
これは請求権協定を有名無実にするもので、これを認めると今後も20万人以上の元朝鮮人労働者(とその遺族)が、日本企業から慰謝料を取ることができる。1人1000万円とすると、2兆円以上の賠償が発生する。国際法で争うと勝てないことは韓国政府もわかっているので、請求権協定に定める仲裁委員会の開催も拒否している。
究極の問題は3である。大法院判決は日韓併合が「韓半島に対する不法な侵略戦争および植民支配」だというが、それが「国際法違反」だとはいわない。日韓併合条約は大韓帝国が署名して内閣が承認し、世界各国にも承認された合法的な条約だからである。
ではその不法性の根拠は何だろうか。判決は「日本の韓半島と韓国人に対する植民支配が合法的であるという規範的認識」にもとづく日本の裁判所の判決は「大韓民国の善良な風俗やその他の社会秩序に違反するもの」だから無効だという。
つまり大法院のいう不法性の基準は国際法ではなく、それを超える韓国の「善良な風俗」なのだ。判決には「国際法」という言葉は出てこないが、「道義的責任」とか「人道的次元」といった言葉が出てくる。国際法を超える「道義」とは何だろうか。
20世紀初頭の朝鮮は、中国を中心とする華夷秩序を守る儒教国家だった。1910年の日韓併合のときも、大韓帝国は武力で圧倒的にまさる日本に抵抗しなかったが、民間では「義兵闘争」というゲリラ戦が行われた。安重根はその英雄である。
義兵の理念は、朱子学の衛正斥邪だった。これは「正しいものを守って邪悪なものを排斥する」という排外主義で、李氏朝鮮の鎖国の思想だった。日本の尊皇攘夷と似ているが、違うのは明治政府が尊皇攘夷から開国に転換したのに対して、大韓帝国は衛正斥邪を続けたことだ。この違いが大きな国力の差になった。
華夷秩序の中で「夷狄」として下に見ていた日本人が朝鮮を併合するのは、当時の朝鮮人には耐えられない屈辱だっただろう。義兵闘争は日本軍に一蹴されたが、現実よりも理念を絶対化する義兵思想は社会主義に通じるものがあり、北朝鮮にも文在寅政権にも受け継がれている。
国際法は20世紀初めに英米の立憲主義を世界に拡大して生まれた秩序であり、それがアジアでも有効とは限らない。中国が東アジアの中心になる21世紀には、新しい華夷秩序が生まれる可能性もある。日本と韓国の対立は、国際秩序をめぐる東アジアの分岐点になるかもしれない。