池田信夫・アゴラ研究所所長の「日本はなぜ慰安婦問題で韓国に敗北したのか」(アゴラ2019年8月19日)を拝読し、プロパガンダ戦敗戦の経緯を正しく知った。特に次の一文は重い警句と受け止めた。
残念ながら慰安婦問題の敗北を取り返すことは不可能に近いが、その教訓に学んで徴用工問題でそれを繰り返さないことは可能だ。特に国際世論を味方につける上で大事なのは、アメリカのメディアだ。彼らは日韓の歴史問題なんて興味がないが、「女性の人権」は見出しになる。大事なのは論理ではなく、性奴隷のようなキャッチフレーズだ。(上記の論考より抜粋、太字は筆者)
そこで、早速“SEX SLAVE”(性奴隷)というキャッチフレーズの使用状況を調べた。
ニューヨーク・タイムズでは頻出
The New York Times(NYT)のウェブサイト上にある記事検索機能を使い、「sex slave japan」の3つのキーワードで検索をかけると、721件の結果が表示される。ただし、中身をじっくり閲覧すると重複が非常に多いので、実際は400~500本くらいの記事数だと考えられる。大量である。
観測された記事は1992年から2019年までの27年8カ月にわたる。記事数を400本と仮定すると、年間平均約14本の記事に当該キャッチフレーズが使用されていることになる。毎月1回以上である。
表示順で約150本を調べるとなぜかその先に進めなくなるので、これを母集団として重複と推定される記事を排除すると113本残った。
誠に不完全だが、これら113本について検証すると、第一次安倍政権の2007年に30本、第二次安倍政権下の2014年に13本、2015年に11本が掲載されている。
これらは、2015年12月28日の慰安婦合意が、国際世論に押されて締結したという見方を確かに裏付ける。この敗北状況は国内メディアだけ読んでいると見えにくい。
USA TODAYでも使用
NYTが特に朝日的論調だからだとすれば、他紙の状況はどうなのだろうか。
USA TODAY のウェブサイト上にある記事検索機能を使い、「sex slave japan」の三つのキーワードで検索を書けると、22件の結果が表示される。件数が少ないのは検索対象期間が短いためだと思われる。年度比較すると2015年については、USATODAYでは7本確認できるが、これはNYTで確認できた11本よりも少ない。確かに日本がこだわった「強制性」については記述していないが、それより刺激的な「性奴隷」というキャッチフレーズはやはり登場している。例として慰安婦合意に関する報じ方を確認すると以下の通り。
— known as “comfort women” — who were recruited or coerced into providing sex for Japanese soldiers.
Korean women used as sex slaves by the Japanese military
(USA TODAY Dec.28.2015記事より抜粋、太字は筆者)
sex slave” > “be forced to provide sex
「性奴隷」の方が、「性行為を強制された女性」よりも刺激的で、より短い。
要するにキャッチフレーズとして「性奴隷」のほうが言葉として魅力的である。
池田先生の論考に照らし合わせて現状を冷静に判定すると、国際世論、すなわち米国メディアを味方につけたのは韓国側であり、詭弁的名づけが巧みな「言葉の黒魔術師」たちがプロパガンダ戦の勝利者である。「言葉の黒魔術師」とは、一部の新聞、活動家的弁護士、執拗に記事化する韓国人ライター達のことである。
補足:朝日新聞英語版の状況
先日の投稿時点では検索が甘く、もっと多数の記事が観測されるので補足しておく。
朝日新聞英語版で「sex slave japan」で検索すると記事は1本もない。
次に、「comfort women」で検索すると、47本の記事が表示される(19日現在)。
その中で、「forced to provide sex」の意味を持つ記事を数えると、15本は観測された。ただしこれは、検索画面に表示された見出しとリード部分のみの確認なので、記事を精査すればもっと増える可能性がある。
NYTの特筆すべき記者たち
NYTで性奴隷記事が多いのは、社の編集方針だろう。しかし、その記事の執筆には、特定の数名しか登場せず、その数名が多数の記事を書いている。
ライター別記事本数上位3名は次の通り。
1位:Norimitsu Onishi氏17本(2005~08年)
2位:Choe Sang-Hun氏 15本(2005~19年)
3位:Martin Fackler氏 14本(2007~15年)
(本数は確認できた113本中の数であり実際の総数はもっと多いと推測される)
1位のNorimitsu Onishi氏は、日本生まれのカナダ人ジャーナリストである。
2位のChoe Sang-Hun氏は、韓国出身の記者である。
3位のMartin Fackler(マーティン・ファクラー)氏は2011年時点で英字紙ヘラルド朝日(International Herald Tribune/The Asahi Shimbun)東京支局長だったとされる(Wikipedia情報なので正確性は微妙)。
また、本数は少な目だが90年代に活躍した注目の記者がいる。
Nicholas D.Kristof氏である。ニコラス・D・クリストフは、日本を貶める記事を多数書いていたが、現在でも朝日新聞に一定の頻度でコラムを寄稿している。そのため朝日新聞読者のうち、ニコラス氏の過去記事の論調を知らない方は、きっと「米国の著名なジャーナリストの視点」として一定程度の参考にしているだろう。要注意である。
プロパガンダ被害は在スイス日本人にも波及
上記の通り英語圏での敗戦は決定的だが、国際世論はそれだけではない。ドイツ語が6割とされるスイスにおいても、酷く歪曲された報道がなされているという情報提供があったので趣旨の一部をご紹介したい。
スイスからのメール
19日未明筆者あてに1通のメールが届いていた。なんと在スイスの日本人の方からである。この方はアゴラの拙記事をお読み頂いたということで、現地の状況を筆者に知らせてくださった。それによると、「スイスの有力紙NZZにて8月10日に愛知トリエンナーレに関する反日的記事」「少女像は“Sexsklavinnen beim japanischen Militär dienen.”(日本軍の性奴隷)と表記」されているらしいのである。
早速、ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング (ドイツ語: Neue Zürcher Zeitung、略称NZZ)のサイトで同記事を確認すると、全くその通りに記述されている。
メールにはまた、次のような、当該記事ライター関連の情報も添えられていた。
それによると、Dr. phil. Hoo Nam Seelmann氏とは「スイスの韓国人ジャーナリスト、韓国及び東アジア関係の専門家として多くの著作を持ち、NZZから本を出版し、NZZに記事を書いている。」とのことである。
(メール差出人様、貴重な情報をお寄せ頂き心より感謝申し上げます。ご迷惑をかけないよう御名前や内容の詳細な記述はあえて控えました。)
ここでも、韓国人ジャーナリストの影が見られる。
なお、日本は言論の自由が確保された国であり、個別の記者を非難する意図は全くない。
まとめ
池田先生の見立ての通り、慰安婦のプロパガンダ敗戦は取り返しがつかない水準で日本と日本人の評価を貶めてしまった。しかしいわゆる「徴用工」問題で第二の敗戦を招かないためには、諦めずに反論し、専守防衛ではなく積極的に論戦に手を打って行くことも重要である。まずはこの深刻な状況を多くの日本人が知ることが第一歩であろう。
なにより、日本の未来を背負う子供たちのためにも、大人の責任として現状のまま放置するわけには行かないと痛感する。
田村 和広 算数数学の個別指導塾「アルファ算数教室」主宰
1968年生まれ。1992年東京大学卒。証券会社勤務の後、上場企業広報部長、CFOを経て独立。