起業家育成へ:企画と実行、その向こう側

企画

(写真AC:編集部)

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ぼくは政策家を名乗っています。政策立案ばかりしているので。でも造語でして、世間にある呼称としては「社会起業家」が最も近い。40歳手前で役所から大学に転じて20年、公益法人やプロジェクトなど社会起業を20件以上続けてきたんで。

ちなみに「起業家」と呼ばれる人は多いけど、たいてい当てはまらない。だって、家って、そればかりしてる人ですよね。マンガ家はマンガばかり書いてるひと、作曲家は作曲ばかりしてる人。ベンチャーやNPOを一回立ち上げたってひとは、起業家じゃなくて、起業したことのある人。だと思う。創業者ないし実業家。起業家と呼び得るのは孫正義さんのように次々と事業を興し続ける人。吉本興業の大崎洋さんもそうです。なにせ「興業」と社名にある。

まぁいいやそんなこと。5年ほど前の社会起業ばやりでは、スタートアップ間もない御仁がドヤ顔で、成果を見ずオール礼賛だった風潮に違和感まんまんでした。このところメディアもメルカリやプリファード・ネットワークスのようなユニコーンはじめ、ベンチャーといえど業績を上げた創業者に光を強く当てるようになり、好ましい。

とはいえ起業を促そう。その敷居を低めよう。iUは全員起業を目指し、起業家を生んでいきます。ムハマド・ユヌス「3つのゼロの世界」は、80%以上のウガンダ人が生涯のどこかの時点でビジネスを始めるという。小さな店を開いたりヤギを買ったりする、そんな仕事。まずはそんな起業でよろしい。

そのためには、どんな力があればいい?

まず企画力。アイディア。Whatを見出す。問題を設定する。これおもしろい、これ問題だ、を見つける。どうすればいいかって学生に聞かれるたび、ぼくは飲み会を真剣にやってる、と答えます。ふとした疑問や妄想をアイディアにする機会はぼくの場合、飲み会が多くて。で、大事なのは、そこで出たアイディアを、翌日ガッツリ企画書に落とし込むことです。

実行

さて本題は、Whatより大事なのはHowだということ。どうやって企画を実行するか。どうやって問題を解決するか。どうやって技術を実装するか。実行力とか、解決力とか、実装力とかいうやつです。

ぼくはKMDで10年間、学生に対しそればかり話してきました。WhatよりHow。頭でっかちな諸君が得意するアイディア起こしや、諸君が学びたがっている企画スキルよりも、世間で問われるのはこっち。iUでもこちらを重視します。

法律一つ作るにも、「クールジャパン基本法」を作るというお題に、一時間もあれば目的、定義、計画、責務など十条ぐらいの素案は書けましょうが、それはアイディア。What。大学ではこのあたりでとどまってしまいます。でも、これを社会に実装するには、残り10ステップ必要です。

有識者を集めた研究会を開き報告書を出す。審議会で答申を得る。省議を経て大臣の了解を取る。内閣法制局の了解を得る。全省庁の了解を得る。メディアを通じ世論を伺う。与党の了解を得る。野党に根回しをする。国会を通す。成立後、政省令を作る。これだけある。

これをやり切る。頭より足腰。へこたれない力。持久力。

その内実はほとんど説得と調整です。押したり引いたり。聞いたり話したり。頭を下げたり声を張ったり。泣いたり笑ったり。汗、汗、汗。

そんな泥臭いことを大学で学ぶのか? そうです。こういうコミュニケーション力を産業界は人材に求めているのですが、大学が応えていなかったわけで。でも、プラン立てる力より、それを1年かけてへこたれずやり切る力のほうがずいぶん高度だと思う。そのための作戦、兵站、組織管理、日程調整、なんてことがね。

向こう側

いや、今日の本題は、その次です。

ネットフリックスでミシュラン星付レストランの番組を見ていますとね、レシピを作らないというシェフが案外いるんですよ。「自らにあふれ出すものを作る」。「朝ひらめくものをすくい取って料理にする」。当然の顔で、のたまう。

企画書がない。設計しないんです。アイディアと実装が一体化しているのです。

作詞・作曲しないインプロヴィゼーションの音楽家みたいなものか。

ただそれを、毎日まいにち、マニアではないお客さまに対して作り続け、一級品の評価を得ている。その力の正体は何でしょう。天性のものなのか、鍛え上げた蓄積なのか。

そしてそのひらめきを、シェフはスタッフに口頭で伝え、チームとして料理と化す。その伝達術も、料理アウトプット水準を保つチーム管理法も、ぼくにはナゾです。

あふれ出たりひらめいたりするものを、設計図や企画書に落とし込んだり、果ては論文に仕上げたりするのは二流なのかしら。そういう力って、身につけることができる性格のものなのでしょうか。料理学校のかたに聞いてみようかな。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2019年8月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。