日本政府は、香港問題についての言及を自重しているように見える。伝統的な態度かもしれないが、欧米諸国の政府首脳が積極的に発言していることと比べれば、物足りない。アメリカも、欧州諸国も、中国政府の鎮圧行動をけん制する発言を行い、民主化運動への関心を示している。
もちろん、ただ内気で恥ずかしがり屋だから日本政府は何も発言しない、ということでもないだろう。日韓関係が緊張している中、中国が韓国寄りの立場をとることを自重していることに、日本が注目するのは、当然である。韓国政府は、国際世論工作を、今後さらに強化していく。中国がどのような態度をとるのは、焦点の一つになる(参照:五輪での旭日旗阻止へ中朝と共闘模索 韓国国会委員長:産経新聞)。そうだとすれば、日本政府が中国政府への批判を控えるのは、理にかなっている。
しかし、外交というものは、常に複眼的に考えなければならない。実は、日韓対立の時期においてこそ、インド太平洋戦略を強化する重要性が高まっていることも考えなくてはいけない。インド太平洋戦略を、一帯一路とは区別される、血肉の通った構想にするためには、自由民主主義の価値観へのコミットメントが、絶対に必要である。香港の民主化運動に対する強い関心は、今や日本の国益に深く関わるインド太平洋戦略の推進と、無関係ではない。
ではどうすればいいのか。
昨日、香港の行政長官が、逃亡犯条例改正案の正式な撤回を表明した。
日本政府は反応すべきだ。
中国政府が自ら歩み寄りの姿勢を見せたその瞬間こそ、中国政府の努力の姿勢を評価しながら、同時に民主化運動の行方に強い関心を持っていることを表明することができる、大きなチャンスだ。それを捉えていくべきだ。
中国政府への事態収拾への努力を留意する表明を行いながら、その機会に日本が香港の民主化運動を注意深く観察し、香港がさらにアジアの魅力ある民主的な街として発展していくことを期待していることを、アピールするべきだ。
民主化運動はとにかく素晴らしい/中国政府は抑圧的だ、などといったことを、日本政府は言うことができない。しかし日本は香港の民主化運動に一切何も関心を持っていない、といった疑念を各方面に与えることも、日本の国益に反する。
日本は、この二つの要請を満たす行動をとらなければならない。実は、そのためのチャンスは時折めぐってきている。そういうチャンスを見逃すことがないようにしてほしい。
中国に対しては、見ざる聞かざる言わざる、の態度が、日韓関係緊張の時代には必要だ、と考えるのは、愚の骨頂である。もちろん超大国・中国に対して、日本が介入主義的な態度をとることも、愚の骨頂である。
日本は、両方をきちんとわかっている、そういう対応を柔軟にとることができている、という印象を、世界に与えて、日本の外交力をアピールしたい。
篠田 英朗(しのだ ひであき)東京外国語大学総合国際学研究院教授
1968年生まれ。専門は国際関係論。早稲田大学卒業後、