日産現社長の報酬上乗せ問題(私的に重要と考える)3つのポイント

山口 利昭

昨日深夜に朝日新聞ニュースが第一報を報じた後、各メディアも報じている「日産現社長さんの報酬上乗せ問題」ですが、日経ニュースが「3つのポイント」として、①報酬の内容(株価連動型インセンティブ受領権、いわゆるSAR)、②日産のガバナンス不全、③指導力への高まる不信感ということで問題を整理しています。

西川社長(日産YouTube)とゴーン前会長(日産サイトより):編集部

私としては、まず6月の株主総会で日産は指名委員会等設置会社になり、5名中4名が社外取締役で構成されている監査委員会が主導した社内調査については敬意を表したいと思います。

いままでなら、たとえ文藝春秋2019年7月号にケリー氏の証言が掲載されたとしても、おそらく沈黙(無視?)してやりすごしていたのではないでしょうか。ゴーン前会長に対する社内調査、司法取引の経過、その後の捜査協力という経緯からみて、日産の現幹部に対して「検察は厳しい姿勢で向き合うことはない」と確信し、ともかく不都合な事実については沈黙を保っていればなんとかなりそうな気もします。

しかし、文藝春秋の記事に反応して、監査委員会が「空気を読まずに」社内調査で現社長の不適切な報酬上乗せ問題を明らかにした点は、日産のガバナンスの実効性が高まったことを示しているように思いました(今後、調査報告内容の説明義務を果たすか…という点にも注目すべきかもしれませんが、そこまで期待するのはむずかしいかもしれませんね)。

ところで上記文藝春秋のグレッグ・ケリー氏のインタビュー記事を全て読み、今朝の現社長さんの弁明を聞き、以下は中立・公平な気持ちでこの「報酬上乗せ問題」のポイントを挙げるとすれば以下の3点ではないかと思います(ちなみに9月5日夜にアップされた文春オンライン記事で文藝春秋7月号のインタビュー記事の一部が紹介されています)。

まず、日産は取締役会を開いて「内規違反」による社内処分を検討するかもしれない、と報じられていますが、ホントにそれで済む話でしょうか。

会社法違反、金商法違反として「違法行為」と認定される可能性があるのではないかと。「事務局にまかせていたので、決してSARの権利行使日を自ら移動させたつもりはない」(現社長)とのことですが、現社長が自ら行使日を1週間移動させる動機となる事実が克明に文藝春秋には記載されています(上記文春オンライン記事でも紹介されています)。

また、2012年度から2014年度までの日産の有価証券報告書を読みますと、現社長の報酬に含まれる「株価連動型インセンティブ受領権」の公正価額は毎年1400万円~1500万円とされており、これが会計上の見積り金額だとしても、実際に4700万円ほど上積みされた利益額1億5000万円とは大きくかけ離れています。ちょっと冷静に考えてみますと、「(現社長が事務局に指示した、というのは)ケリー氏のデタラメ、虚言にすぎない」と断定することはできないように思います。

もし現社長さんがおっしゃるように「事務局のミスだった。他の取締役にも同じようなことが起きている」のであれば、おそらく「もらえるのに、ミスでもらえなかった」こともミスとして起きているはずで、これを証明してみせれば良いと思います。にもかかわらず、現社長さんや他の取締役さんの報酬額決定過程で発生しているミスが、すべて「もらいすぎ」の事例だとすると、うーーーん、ホントにミス?といったことになるのでは?

つぎに、今回の事例がゴーン氏やケリー氏の刑事裁判に及ぼす影響です。両氏がこれまで起訴事実を完全に否認している以上、日産関係者は公判維持のために今後も検察に全面的に協力する必要があるでしょう。おそらく刑事弁護人は、「司法取引」の脆弱性を突くことに力点を置いた戦略を検討していると思いますが、有罪立証のキメテとなるべき証拠価値判断として、果たして日産関係者の証言の信用性に、裁判官は何らの疑問を持たないでしょうか。

会計評論家の細野祐二氏は、ご著書「会計と犯罪」の中で「ゴーン事件で無罪を勝ち取れるかどうかは(証拠が拮抗している場合)国民世論に依拠するところが大きい」と述べておられますが(同書273頁)、私も「証人供述の信用性」を裁判官が検討するにあたり、やはり国民世論の流れは無視できないと思います。そのような意味で、大手メディアがこの「報酬上乗せ問題」をどのように報じるのか、マスコミの動向にも注目したいところです。

そして最後に(これは日経の上記記事の整理とも近いのですが)現社長の求心力の低下がルノーとの関係に与える影響です。いろいろな社内紛争事案に関わった経験からみますと、紛争が顕在化すればするほど、どちらかの勢力が有力な外部勢力と接近して社内の有利な地位を築こうとします(これは人間のサガとして、やむをえないところかと)。これを外部勢力が使わない手はありません。いくら政治的な力学が働いたとしても、これはなかなか止められない。

9月4日に開かれた監査委員会の様子がすぐに朝日新聞の記者に伝わるところをみても、現社長の求心力が低下するまでもなく「一枚岩」であることに不安が生じているようにも思われます。「報酬上乗せ問題」が契機となって、このあたりの社内力学にどのような影を落とすのか(それとも前以上に一枚岩になりうるのか)がポイントになると考えます。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録  42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年9月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。