EU離脱をめぐり英国政治が混乱に陥っています。
ブレグジットをめぐっては党内と議会の意見集約ができず、EUとの合意がかなわずテリーザ・メイ前首相が6月に保守党党首を辞任、先月ボリス・ジョンソン新首相が誕生して、10月末のEUとの交渉期限を前に議会との攻防が続いています。
ジョンソン首相は国民投票の際は離脱推進派の旗振り役で、首相となった現在も「合意なき離脱」も辞さない強硬派です。
EUとの交渉の際に議会が足枷とならないように、9月3日の夏期休暇明けで再開される議会を9日の週に閉会、EU首脳会議の直前の10月14日に再開する日程を組みました。(参照記事)
議会での議論を避けるような方針に議会が反発、野党労働党が3日からの議会において「合意なき離脱」を阻止する法案を提出する構えを見せます。与党保守党内でも首相の強硬策に反発、野党の法案に賛成する動きが出ます。すると下院で与党勢力が過半数を1議席しか上回っていない状況にも関わらず、保守党内の「造反議員」を大量21名除名してしまいます。(参照記事)
結果ジョンソン政権は少数与党に転落し、主導権を握った野党と造反組により議会再開後わずか2日間で矢継ぎ早に離脱を3カ月延期する法案が下院で可決され、ジョンソン氏が画策した「合意なくとも10月末離脱」阻止にめどをつけました。(参照記事)
さて、このように議会と首相が対立して政権運営が行き詰まった場合、日本でもイギリスでも首相が「解散総選挙」に打って出て、議会における会派構成を仕切り直し事態を打開するという手段が伝統的に存在するのですが、近年この「首相の解散権」を制約すべきだとの議論が出ています。
イギリスでは2011年に議会任期固定法が成立し、2015年から任期満了前の解散は不信任決議案の可決もしくは下院の3分の2以上の賛成で決議される場合に限られています。
実際、ジョンソン首相も10月15日の解散実施を提案しましたが、議会で否決されました。
そもそも今回のジョンソン首相の行動というか政治姿勢はイギリス国内でも多くの批判を浴びており、英紙FTの社説でもこれ以上無いほど痛烈な言葉で批判されています。(参照記事)
ですので、結果的に解散権の制限が、首相が無謀な計画を解散権ちらつかせながらポピュリズム的に推し進めようとすることにストップをかけたことになるので、一定の成果はあったとも言えます。
しかし離脱を決めた国民投票からはすでに3年以上経過してもなお、さらなる交渉期限を延長するというのもイギリス政界・議会における深刻な分断と混乱を示しています。解散総選挙で民意をバックに政治を前に進める手法(典型的な例が小泉郵政解散)が取れないというのは首相のリーダーシップに制限をかけることでもあります。
特に今回のように与党が少数になり弱体化したまま解散されない場合、解散権の制約が非常に大きな意味を持ってきます。与党が少数派に転落した場合、政権は自らが主導して法案を通すことができなくなり、議会運営の主導権を失ってしまいます。このような状態では早晩政権運営が立ち行かなくなり、例えば予算法案や重要法案の成立と引き換えに首相が総辞職するといった日本の55年体制的な「政権交代」のスタイルになってしまうかもしれません。「ねじれ」を抱えたままレームダックになった政権が続くというの政治の停滞を引き起こしますので好ましくありません。
一方で実は「解散権」の抜け道もあり、与党が自ら不信任案を提出した場合、解散へのハードルは3分の2から過半数へと下がります。「解散総選挙」をするために不信任案に賛成して、総選挙に勝利したら再度首相を信任するという行動は矛盾しており、好ましくない行動でしょうが、技術的には可能です。
日本においてもいわゆる憲法7条の解散権に制限を加えるべきだという議論があります。(参照ブログ)
今回のイギリス政界の混乱から、この解散権の制限に関するデメリット(少数与党政権がレームダック化して政治が停滞する可能性があることと、与党からの不信任案という抜け道があること)がいくつか顕在化してきたので、日本における改憲論議や解散権制限に関する論議の参考にすべきでしょう。
また、解散権の制限は「与党野党」という枠組みだけでなく、除名して公認を外しても肝心の選挙がなければ造反組を郵政選挙の時のように除外することができないことから、与党内のいわゆる政高党低のパワーバランスにも変化を及ぼすと予想されます。
1975年東京生まれ。英国ケンブリッジ大学経済学部卒業後、外資系証券会社に入社し、東京・香港・パリでの勤務を経験。2016年、自民党東京都連の政経塾で学び、2017年の千代田区長選出馬(次点)から政治活動を本格化。財務相、官房長官を歴任した故・与謝野馨氏は伯父にあたる。2019年4月、氷河期世代支援の政策形成をめざすロビー団体「パラダイムシフト」を発足した。与謝野信 Official Website:Twitter「@Makoto_Yosano」:Facebook