“中国抜き”で国連はもはや動かない

長谷川 良

このコラム欄で中国が国連を支配下に置こうとしていると警告を発してきた。「米国の“国連離れ”はやはり危険だ」(2018年7月31日参考)、「国連が中国に乗っ取られる日……」(2019年2月3日参考)、「中国共産党の国連支配を阻止せよ」(2019年6月10日参考)、等のタイトルで記事を書いてきたが、ここにきてその恐れが現実化してきたのだ。実例を挙げて少し説明する。

▲中国の支援を受けて次期事務局長に最有力のフェルータ事務局長代行(理事会で冒頭演説をするフェルータ事務局長代行、2019年9月9日、IAEA公式サイトから)

ウィ―ンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)では、7月18日に病死した天野之弥事務局長の後継レースが始まったが、始まった段階でIAEA理事国(35カ国)の間では「既に次期事務局長は決まった」と囁かれている。ウィーン外交界をよく知る国連職員の話だ。それによると、フェルータ事務局長代行が当選に必要な有効投票の3分に2を固めたというのだ。その背景には「ロシアと中国がフェルータ事務局長を支持しているからだ」という。特に、中国が同事務局長代行を強く推している。

後継レースには4人が立候補を届けたが、フェルータ氏の対抗馬と見られる駐ウィーン国際機関のアルゼンチン政府代表部ラファエル・グロッシ大使については、「アルゼンチンの国民経済はカオスだ。その国の出身者に国際機関のトップを委ねることはできない」といわれている。

ウィーンに事務局を置く包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)準備委員会暫定技術事務局長のラッシーナ・ゼルボ氏(ブルキナファソ)、唯一の女性候補者、IAEA第62回年次総会議長を務めたスロバキアのマルタ・ツァコヴァ(Marta Ziakova)女史には残念ながらチャンスがないという。すなわち、後継レースがスタートした段階で、勝利者は決まったというわけだ。その大きな主因は“中国の支援”だ。

国際機関のトップを決めるとき、米国が反対する候補者は絶対に当選しないといわれてきたが、今は「中国が支援しない候補者は当選が期待できない」というふうに変わってきたのだ。トランプ米政権が自国ファースト、国際機関、多国籍機関に対して熱意を失っている間に中国が国際機関に大きな影響力、人脈を拡大してきたからだ。

最近では、ローマに本部を多く国連食糧農業機関(FAO)の新事務局長に中国の屈冬玉・農業農村省次官(55)が選出された。FAOの第41会期総会で6月23日、ジョゼ・グラジアノ・ダ・シルバ現事務局長(ブラジル出身)の後継者の選出が実施され、191カ国が投票し、屈冬玉氏が当選に必要な過半数を超える108票を獲得し、第1回投票で対抗馬のフランスのカテリーネ・ジャラン・ラネェール女史(71票)を破り当選した

カメルーン、フランス、中国、ジョージア、そしてインドの5カ国から5人が立候補を表明していたが、中国の屈冬玉氏と、欧州連合(EU)が統一候補者として擁立したフランスの元欧州食品安全機関(EFSA)の事務局長だったラネェール女史との一騎打ちとなり、アフリカなど開発途上国の支持を集めた屈冬玉氏が圧倒した。ラネェ―ル女史の場合、イタリアが屈冬玉農業次官を支援する動きを見せるなど、EUの結束が実現されなかったことも痛手だった。

興味深い点は、国連薬物犯罪事務所(UNODC)の次期事務局長が間もなく決定するが、ここでも中国公安部国家麻薬監視委員会副長官の曽偉雄氏(61、Andy Tsang)が有力候補に挙げられていることだ。曽偉雄氏は2011年1月から2015年5月まで香港警察長官だったことで知られている。香港の警察長官時代、2014年の反政府デモ(雨傘運動)の取り締りで、強硬な警察力を行使し、平和的に行われたデモに対し催涙ガスなどを投入するなどを躊躇しなかった人物だ。

ただし、中国はここにきて対抗候補の駐ウィーン国際機関イタリア政府全権代表部大使を受け入れるシグナルを送ってきている。中国側がイタリア人候補者を支援することでローマに借りを返すとともに、米国から「中国の影響力拡大」といった批判をかわす狙いがあるというわけだ。

イタリアは先進主要国7カ国(G7)の中で習近平国家主席が提唱した新シルクロード「一帯一路」に最初に参加を表明した国だ。中国にとって、イタリアはEUの結束を突き崩す友邦国だ(「中国に急傾斜するイタリアの冒険」2019年3月11日参考)。

参考までに、UNODC事務局長は選挙ではなく、現事務局長ロシア人のユーリ・フェドートフ氏の後継者を、アントニオ・グテーレス国連事務総長が5カ国の安保理常任理事国と協議して選ぶ。国連筋は「中国の意向にグテーレス事務総長は異議を唱えることはできないだろう」という。

屈冬玉農業次官がFAO事務局長に選出されたことで、国連機関のトップに国連工業開発機関(UNIDO)の李勇事務局長とジュネーブに本部を置く国際電気通信連合(ITU)の趙厚麟事務総局長、カナダのモントリオールに本部を置く国際民間航空機関(ICAO)の柳芳事務局長を入れて4人となり、国連機関での中国の影響が一層拡大した。

繰り返すが国連機関のトップ選出では、もはや中国抜きは考えられなくなった。ジョン・ボルトン米大統領補佐官は中国の国連機関での影響力の急速な拡大に懸念を表明し、国連内でアンチ中国キャンペーンを開始してきたが、少々遅すぎた感がある。

軍事、経済を拡大強化する中国が今、国連を含む国際機関でそのプレゼンスを強めてきた。中国は2019年~21年の国連の通常予算の分担率では米国に次いで第2位だ。米国は上限の22%、中国は7.921%から12.005%に上昇、日本は逆に9.680%から8.564%に分担率が低下した。中国は国連では日の出の勢いだ。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年9月11日の記事に一部加筆。