ウィーン市の名所といえば、オーストリアのローマ・カトリック教会の精神的支柱・シュテファン大聖堂やハプスブルク王朝のシェ―ンブルン宮殿などが直ぐに頭に浮かぶが、ウィーンはニューヨーク本部、ジュネーブの欧州本部に次いで国連事務所が開設された第3の国連都市(その後、ナイロビ事務所が第4の都市となった)だ。ウィーンに誘致された国連機関を収容した「ウィーン国際センター」(VIC)がオープンして今年8月で40周年を迎えることから、ウィーン国連事務所では様々なイベントが計画されている。
VICには国際原子力機関(IAEA)、国連薬物犯罪事務局(UNODC)、包括的核実験禁止条約機関(CYBTO)準備委員会、国連工業開発機関(UNIDO)、国際麻薬統制委員会(INCB)、国際連合宇宙局(UNOOSA)などの国連機関が入っている。
ウィーン市が土地を提供し、モダンな国連センターがドナウ川沿いに建設された。建物はA、B、C、D、E、F、Gビルがあり、会議所として新たにMビルが建てられたばかりだ。IAEAはAビルとBビル、UNIDOはDビル、CTBTOはEビルといった具合に機関によってビルが異なる。IAEAやUNIDOの理事会が行われる時はCビルで通常開催されるが、年次総会などは多数の参加者が集まるのでMビルで開かれる。ウィーンの国連記者クラブ(UNCAV)はそのMビル内に小さな一室をもっている。現在のUNCAV会長はスーダン出身のアブドラ・シェリフ氏だ。
ウィーンの国連機関の中でもイランの核問題や北朝鮮の核検証問題でメディアで頻繁に報じられるIAEAは花形機関だ。IAEAは約2200人の職員を抱える大所帯だ。CTBTO準備委員会の事務所がウィーンに開かれて以来、ウィーンの国連は核エネルギーの平和利用の拠点と受け取られてきた。
さて、国連にとって2019年は新しい年だ。中国が2019年から21年の通常予算の分担率で日本を抜き、米国に次いで第2番目となった初めての年だからだ。中国の国連内の影響力が益々強まる一方、30年以上米国に続いて第2位だった日本は中国に抜かれた。米国はトップで変わらず上限の22%、中国は7.921%から12.005%に上昇、日本は逆に9.680%から8.564%に分担率が低下した。
中国の習近平国家主席は国連を自国の国益拡大のパワーツールとみなし、国連平和軍活動にも積極的に関与してきた。中国はアジア・アフリカ・ラテンアメリカの開発途上国G77グループの支援国(G77+中国)であり、国連加盟国のほぼ70%に当たる134カ国が同グループに所属する。中国はまた、国連安保理事会では常任理事国の一角を担っている。すなわち、中国は国連で安保理事会と総会に大きな影響力を有しているわけだ。
国連での中国の影響力拡大は米国の国連離れの恩恵を受けている面が否定できない。トランプ大統領は国連を「米国民の税金を浪費するだけで成果のない機関」と批判し、昨年6月、国連人権理事会から離脱を表明する一方、それに先立ち、地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」からも離脱を通知するなど、国連機関が力を入れてきた分野で米国ファーストを発揮。その一方、中国は通常予算の分担率で日本を抜き、内外共にそのプレゼンスを一層発揮してきたわけだ(「米国の“国連離れ”はやはり危険だ」2018年7月31日参考)。
具体的には、中国は国連を自国経済発展の機関として利用、国連を社会・経済機関とみなしてきている。習近平国家主席が提唱した新しいシルクロード構想「一帯一路」プロジェクトを国連機関を通じて拡大している。例えば、ウィーンに本部を置くUNIDOの李勇事務局長(中国元財務次官)は「一帯一路」の推進のためUNIDOの経済支援プロジェクトをあからさまに利用してきた。
中国は国連の経済開発機関である国連開発計画(UNDP)国連経済社会局(UNDESA)そしてUNIDOなどを活用する一方、ジュネーブに本部を置く国連人権理事会では「人権は主権国家の問題」として外部からの批判を一蹴している。
ちなみに、欧州連合(EU)では対中政策で加盟国内に亀裂があり、EUが国連で中国の人権蹂躙問題で非難声明をしようとした時、ギリシャが拒否し、妨害した。ギリシャ政府は2016年4月、同国最大の湾岸都市ピレウスのコンテナ権益を中国の国営海運会社コスコ(中国遠洋運輸公司)に売却するなど、中国との経済関係を深めている、といった具合だ。
中国の国連プレゼンスの拡大を開発途上国の加盟国は歓迎する一方、欧米諸国ではやはり警戒心が強い。中国は豊富な人材と経済力を駆使して今後、米国との正面衝突を回避し、米国のプレゼンスが少ない国連機関を通じてその野望の実現を目指していく可能性が出てきた。中国共産党政権はグローバリゼーションの波に乗ってその政治、経済を拡大しているのだ。
分担率で第3位に後退した日本はこれまで国連を平和構築の最善の道と考え、国連を神聖化してきた面があったが、明確な国家戦略を有する中国の国連内の影響力の拡大を受け、その国連外交にも見直しが必要となってきた。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年2月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。