ボルトン解任後のトランプ外交はどうなる?

長谷川 良

トランプ米大統領は10日、国家安全保障問題担当大統領補佐官ジョン・ボルトン氏を更迭した。トランプ氏の説明では、「ボルトン氏との間に見解の相違が大きかったからだ」という。

ボルトン氏(左)を解任したトランプ大統領(WhiteHouse/flickr=編集部)

ボルトン氏はタカ派の外交官で知られてきた。実際、対北朝鮮、対イラン政策では体制崩壊を視野に入れた強硬政策だ。だから、平壌やテヘランは警戒せざるを得ない。一方、ディールを得意とするトランプ氏は、相手を交渉テーブルに引きだすことに多くの時間と労力を費やすタイプだ。

もちろん、トランプ氏の外交は対話・交渉オンリーの路線ではない。少し振り返ると、中国の習近平国家主席との晩さん会(2017年4月6日)でトランプ氏は隣に座っている習国家主席に、「習国家主席、わが軍は只今シリアに向かって59発の巡航ミサイル・トマホークを発射しました」と呟いた。

習近平主席はトランプ氏が冗談をいっているのではないかと思ったが、事実だと分かって自分の傍に座っているトランプ氏が怖くなってきただろう。すなわち、トランプ氏の外交はトマホークの発射で始まった。米国の国益に反する国に対して、圧倒的な軍事力を行使することに躊躇しない米大統領が自分の横に座っていることを習主席はその時、理解したといわれている。

しかし、大統領就任2年半が経過したが、トランプ氏はこれまで本格的な軍事行動を行っていない。例えば、トランプ氏は6月20日、米軍偵察機(無人機)を爆破したイランに対して軍事行動を指令したが、その指令を直後に撤回した。トランプ氏はツイッターで、「ボルトン氏の助言に従っていたら、米軍は過去、4回戦争に巻き込まれていただろう」と述懐している。

トランプ氏の外交は戦争を回避することにある。「戦争をするぞ」と脅し、制裁を施行して相手を追い込む一方、隣の部屋には交渉テーブルが用意されているというわけだ。トランプ氏がシリアのダマスカスの空軍基地にトマホークを発射したことで、その後の外交で常に強い指導者というイメージを相手側に与えることに成功したが、それはトランプ氏の本来の外交ではないだろう。

トランプ氏はタカ派のような雰囲気を周囲に醸し出しながら、ハト派的な路線を模索する大統領といえる。民主党から共和党に党籍が変わったのも、トランプ氏はタカ派的な要素とハト派的要素を備えているからだろう。トランプ氏はハト派的なオバマ前大統領の後釜として就任したこともあって、前任者との違いを強調するためにタカ派的言動を繰り返し、そのプレゼンスを国民にアピールしてきたわけだ。

さて、トランプ氏が超タカ派のボルトン氏を解任したことで、北側は「大統領は本当に交渉を願っている」と受け取り、トランプ政権との実務交渉に乗り出す可能性が出てきた。同じことが、テヘラン側との関係でも言える。体制崩壊を考えていたボルトン氏が去ったことで、トランプ氏と交渉がしやすくなったことは間違いないだろう。

ひょっとしたら、唯一、例外は中国共産党政権だろう。ボルトン氏が抜けても、トランプ政権との貿易交渉に大きな変化は期待できない。対中政策ではボルトン氏以上に強硬派のマイク・ペンス副大統領がトランプ氏の背後に控えているからだ。

それでは、トランプ氏はなぜボルトン氏を解任したのか。米国の国民経済は順調だったが、ここにきて少し雲行きが怪しくなってきた。このような時、対イラン、対北と戦争に乗り出すことはできない。次の大統領選が終わり、再選されるまで、トランプ氏は本格的な軍事力行使は避けるだろう。リスクが大きいからだ。数人の米軍兵士が戦死した場合、米国の世論はリベラルなメディアの後押しを受け、反戦に激変し、大統領を批判しだすからだ。そうなれば、再選どころではなくなる。

残念ながら、トランプ氏の言動は次期大統領選が終わり再選を果たすまで、“次期選挙にプラスかどうか”が大きな判断基準となるだろう。敵国イラン、ならず者国家の北朝鮮との首脳会談が実現できれば、シンボリックな成果に過ぎなくても、次期大統領選にプラスとなる。ボルトン氏はこの時、トランプ氏にとって目障りな存在だから、解任したわけだ。

北朝鮮はマイク・ポンぺオ国務長官を嫌悪している。ハノイの米朝首脳会談後、北側はポンぺオ国務長官を名指しで批判したこともあって、同国務長官は次の解任候補者ではないかという噂が流れている。

トランプ氏が賢明ならば、ポンぺオ氏を解任しないだろう。解任すれば、北側に「米国は我々とどうしても交渉したがっている」というシグナルを送ることになるからだ。交渉前に、相手に弱みを見せることは不味い。ディ―ルの名手・トランプ氏がそんなことを知らないはずがないだろう。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年9月13日の記事に一部加筆。