さよなら30代、こんにちは40代。そしてみんなにお願い

みなさん、たくさんのお誕生日おめでとうメッセージをありがとうございます。

一人一人に返しきれないので、ここでまとまった文章で返信代わりに、これまでの自分の振り返り、これから何をしたいのか、を綴っておきたいと思います。まあ、節目ということで。

そうそう、昔は歳をとるのが怖かったです。でも、30代が終わった今、断言できるのは、歳を取るのはことじゃない、ということ。

20代は、「何者かにならなくちゃ」「今より●●な自分でいなければ」と強迫観念に駆られて生きる日々でした。でも30代で、そういう自分を手放せ、自分は自分の使命と共に生きていくんだ、と決意し、そしてそのせいでとても楽になれました。自分のすべきことに、集中できたのです。

だとしたら40代は、もっと楽しく、自らの使命を抱きしめられるかもしれない。そう思うと、ワクワクしています。

さて、そんなわけでまず30代を振り返り、その後、今後を語りたいと思います。ちなみに最後にお願いがあるから、途中飛ばしてもお願いだけは読んでくださいねw

———————————— 30代で主にしたこと ————————————

小規模保育を創り、国策化された

70数年間、認可保育所といえば定員20人以上と決まっていたところを、9人くらいだったら家を保育園にできるよね、と始めた「おうち保育園」。

それを「小規模認可保育所」として制度にして頂き、今や全国3400箇所を超えて広がり、待機児童解消に大きく貢献しました。

たった9人の小さな保育園から起きた奇跡。この奇跡を支えて下さった保育士さんたち、全国小規模保育協議会の仲間たち、政策化してくれた村木厚子さんと官僚の皆さん、子どもを愛する政治家の皆さんに心からの感謝。

医療的ケア児のための保育サービスを創り、法律やルールを変えた

どこにも預け先が無かった医療的ケア児のための障害児保育園ヘレン、障害児訪問保育アニー、医療的ケアシッター ナンシー等を立ち上げました。

同時に心ある政治家・官僚の方にご協力頂き、障害者総合支援法に、憲政史上初めて「医療的ケア児」の言葉を入れて頂き、地方自治体の支援の努力義務を勝ち取りました。

全国医療的ケア自社支援協議会の仲間たちや当事者の保護者の方々、ご寄付いただいた財団・企業・個人の方々、支えてくださった全ての方に心から感謝です。

【養子縁組支援事業を立ち上げ、法律づくりに貢献した】

1500件を超える、予期せぬ妊娠をした妊婦たちからの相談を受け、その中でどうしても育てられないという場合に、育ての親に託し、新しい家族になってもらう「赤ちゃん縁組」。

協力頂いた医療機関の皆さん、指導くださったNPOさん、立ち上げ資金を寄付してくださった方々など、多くの方々にご支援頂き、本当にありがとうございました。

また虐待死を防ぐセーフティネットでありながら、法的支援が薄かったところを、野田聖子・木村弥生議員を始めとした心ある議員の皆さんに動いて頂き、養子縁組あっせん法が成立。多謝。

食品配送を起点にしたアウトリーチ事業を創った

文京区の就学援助世帯等を対象にした「こども宅食」によって、食品を配送しながらモニタリングを行なって、子育て世帯のリスクを低減させる仕組みを始めました。

これまでの福祉は「問題が起きたら窓口に利用者が来て、申請するのを待つ」スタイルでしたが、「問題が起きる前に、こちらから出張っていく」スタイルに転換していくのが、「新しい福祉」の形では無かろうか、と。

ちょっとずつ全国にも広がっていて、リスクを賭けて新たな事業を創ってくれた文京区やコンソーシアムの事業者仲間たち、食品寄付をしてくださった企業の皆さん、ボランティアやふるさと納税で関わってくださった市民の皆さんに、心から感謝です。

時短クリニックを創り、ルールを変えた

子育て中の女性医師が働きづらい問題を解決するため、16時半までしかやってない「時短」小児科クリニックをオープン。田中純子医師を始め、立ち上げの苦難を共にした仲間たちに感謝。

ついでに通例では医療法人の理事長は医師しかできませんが、民間人でもなれるルートを確立して頂きました。また、病児保育室はクリニックが直接運営しなきゃダメ、みたいなよく分からないルールがあったのですが、クリニックが場所を貸して運営はNPOでも良いよ、というルールに変えてもらいました。国家戦略特区・サンドボックス関係者のみなさん、本当にありがとうございました。

家族を授かった

これは自分の人生の中で最も大きな変化でした。世界で一番大切な存在たちに出会えました。妻に感謝。

———————————— 40代でしたいこと ————————————

子どもを育て、全力で父親をする

40代でほぼ子育ても終わるわけで、そう考えると寂しいような、この瞬間を味合わないと、と思います。パパパパ言ってくれる期間なんて、本当に一瞬だろうし。だから、僕は少なくとも「笑っているパパ」でありたい。

事業を創り、制度を変える

なんとなく、これは40代のうちにやらないと、と思っていることを挙げますと

・ひとり親・DV被害者支援的なこと

子どもの貧困の温床たる養育費の不払い問題を解決すべく、社会運動を仕掛けたいです。DV被害者支援も、今は被害者側が逃げ回らないとならない仕組み。加害者側を隔離しろよ、と。DVと児童虐待は非常に密接に結びついているので、DVの予防・事後対応のスキームについて、がんがん政策提言していきたいです。

・児童精神科的なこと

足りなすぎで、予約半年待ちみたいな状況。それで障害の早期支援が遅れている現状が。また、トラウマケアの技法も諸外国では発達してきているので、日本でも広げられれば。

・児童虐待防止・社会的養育系のこと

社会資源が足りなすぎるので、資源(サービス)づくりをしながらも、制度や予算も全然ダメなので、制度づくり、制度改善に尽力していきたいです。

・研究所的なこと

世論を喚起するためにもエビデンスが重要だったりしますが、適切な研究や調査が無かったりするので、それをしっかり出していく、みたいなことができれば。

・学校的なこと

一つはせっかく保育園で、自ら考え、自ら行動できる子どもになって卒園してくれても、行くのが「決まったルールに従ってね」という小学校だと、せっかくの内発性の火を吹き消されちゃうなぁ、と。

あと、今の特別支援学校の在り方って、これで良いのかなぁ、と。もっとテクノロジーを駆使して、潜在能力を引き出すような環境にできないのかなぁ、と。

人を育て、希望の輪を広げる

・政策起業家育成

振り返ってみると、「事業を生み出して、制度や法律を変える」ということをし続けてきた30代でした。

制度化することで、自分たちのサービス利用者だけで無く、全国の困っている人たちを助けられます。

この「制度化する」「制度を変える」ノウハウを、もっと多くの人たちに知ってもらい、実践してもらえれば、あちこちで制度を変え、日本をアップデートできるのではないか、と考えています。

・「こども族」議員を増やす

子どものために命かけてくれる議員が、国会にも地方議会にもまだまだ足りません。どうにかしてそういう議員たちが増えるような仕掛けを生み出していきたいと思います。

———————————— お願いしたいこと ————————————

こんな風に皆さんに支えられてきた僕ですが、今後もこれまで以上に世の中を変えていきたいと思います。

悲しい思いをする子どもを、1人でも少なくし、辛い思いをする親を、1人でも少なくしたいと思います。

そのためには、1人では歩んでいくことはできません。

皆さんとともに歩みたいと思います。

そんなわけで、フローレンスにバースデイドネーション(お祝いの気持ちやプレゼントを、寄付に変えること)をして頂ければ、非常に嬉しいです。

今なら、バースデードネーションに参加いただいた方には、10月20日(日) 記念講演&交流会に無料ご招待します!(記念講演で僕と握手!みたいな。)

40代も、重い荷物を背負い、時に涙しつつも、希望の光に向かって皆さんと笑って歩んでいきたいと思います。


編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2019年9月18日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。