オーストリアの国民議会(下院、定数183)選挙では、勝利者はクルツ前首相の国民党と地球温暖化問題で環境保護問題がグローバルイシューとなり、追い風を受けた「緑の党」の2党だ。33歳のクルツ前首相が率いる国民党は得票率約37%を獲得してダントツの強さを示す一方、前回の総選挙で議席獲得の得票率4%の壁をクリアできずに議席を失った「緑の党」が得票率約14%と大躍進した。
一方、敗者は極右政党「自由党」と社会民主党の2党だ。国民党と1年半、中道右派政権を組んできた極右政党「自由党」は前回2017年10月の得票率から約10%減、第2党の社会民主党はパメラ・レンディ=ワーグナー新党首を迎えたが、前回比で5%以上得票率を落としてしまった。
クルツ前首相はノルベルト・ホーファー新党首の「自由党」が得票率20%前後を維持できれば、国民党と自由党の第2次政権を発足させたいと秘かに考えていたが、自由党が大きく得票率を失った現在、自由党との連立は非現実的となってきた。イデオロギー的に、社民党や「緑の党」との連立には消極的なクルツ前首相が安定政権を目指して連立交渉を開始するが、難航が予想される。
今回は反難民・移民、外国人排斥で有権者の支持を得て、選挙の度に飛躍してきた自由党への票の激減について、その背景をまとめておきたい。
①今回の自由党の大敗北の第一原因はシュトラーヒェ前党首(50)の“イビザ島スキャンダル”だ。当時、野党指導者だったが、2017年夏、ロシア富豪と会談し、党献金を要求する一方、公共事業の受注斡旋やオーストリア最大手日刊紙クローネの買収を持ち掛けた。その会談内容が何者かに録音され、今年に入り、その内容がドイツ週刊誌「シュピーゲル」とドイツ南新聞にリーク報道されたことから、シュトラーヒェ氏は5月、クルツ政権の副首相のポストと共に、14年間維持してきた自由党党首の座を失った。
②シュトラーヒェ氏の警護員がシュトラーヒェ氏が党資金を無断に使用してきたと訴え、検察当局は警護員から詳細な情報を入手し、シュトラーヒェ氏を背任容疑で起訴した。投票日の数日前だ。自由党の失速の最大の原因は①より②が大きかったと受け取られている。
自由党にはこれまで“ネオ・ナチ的”言動が付きまとい、オーストリア最大の極右組織「イデンティテーレ運動」との関係がメディアを大きく飾った。自由党はその度に関係者を処罰、党籍をはく奪などを決め、ネオ・ナチ的な言動から一定の距離を置いてきたが、その自由党の党首を14年間務めたシュトラーヒェ氏が党資金の背任容疑で起訴されたことで、自由党を支持してきた有権者は自由党離れし、その票が国民党に流れた、という投票結果の分析が報じられている(「極右党と『ナチス賛美の歌集』問題」2018年1月27日参考)。
前回の総選挙と異なる点は、難民・移民の殺到問題が一応峠を越え、有権者の関心が社会問題、福祉問題、経済問題に移ってきたことで、反難民、外国人排斥で有権者の支持を得てきた自由党の魅力が失われていったことも事実だ(社民党の低迷は、欧州政界の右派傾向と社民党独自の魅力ある政策不足などの理由が考えられる)。
自由党は1日、党幹部会を招集して、今回の総選挙の結果を分析し、今後の党としての活動方針などを話し合うが、今回の選挙の敗北の第一原因が「シュトラーヒェ氏のスキャンダルにあった」として、同氏の党籍をはく奪する可能性が高い。ホーファー新党首は29日、「党規則に基づいて対応せざるを得ない」と述べ、シュトラーヒェ氏の党籍追放を決定する意向を示唆している。
現地メディアによると、シュトラーヒェ氏は自由党から離れ、独自の政党を結党するのではないか、という噂が流れている。自由党ではイェルク・ハイダー党首時代、同じような事態に直面し、ハイダー氏は「未来同盟」という新党を結成した(同党は連邦レベルではもはや存在せず、ハイダー氏の出身ケルンテン州で細々と活動している)。ホーファー氏は党内にシュトラーヒェ前党首支持者が多数いることから前党首への対応は慎重にならざるを得ないだろう。
自由党の大敗の直接の原因はシュトラーヒェ氏のスキャンダルだが、党首が14年間(2005年4月~2019年5月)、長期間トップにいるとやはり問題が出てくる。野党の小政党に過ぎなかった自由党を得票率20%を超える政党にまで発展させたシュトラーヒェ氏の政治手腕は評価できるが、党内に長期間君臨していると、規律の緩みや特権への慎重な対応で問題が生じてくる。自由党は健全な政党を目指すのならば、党首の2期、8年制を実施してみたらどうか。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年10月1日の記事に一部加筆。