UAE首相夫人の英国亡命で、実家のヨルダンと外交問題の様相に

アラブ首長国連邦(UAE)の副大統領兼首相兼ドバイ首長、ムハンマド・ビン・ラシド・マクトム(70)の6番目の夫人ハヤ・ビン・フセイン妃(45)が、彼ら夫婦の2人の子供ジャリア(11)とザイェド(7)を連れて英国に亡命したことが発端となり、UAEとヨルダンの外交問題に発展する可能性が出ている。

2008年、第一子誕生時のマクトムとハヤ妃(dima.durra/flickr)

というのは、ハヤ妃の異母兄にあたるヨルダンのアブドラ2世国王が当初この問題には関与しないという中立的姿勢を保っていたのが、それを覆すかのように彼女を在英国ヨルダン大使館の補佐官に任命したからである。

この任命を英国政府が受理すればハヤ妃は外交官としての特権が付与されて、彼女と彼女の子供は逮捕、抑留、拘束などから保護される不可侵が保障されることになる。すなわち、2人の子供をドバイに連れ戻そうとしているラシド・マクトム首長の意向が妨げられることになるのである。ちなみに、ラシド・マクトム首長には23人の子供がいる。(参照:elmundo.eselpais.com

ヨルダン政府のアイマン・アル・サファディ外相はアラブ首長国連邦との外交関係の悪化を懸念してハヤ妃を大使館の補佐官に任命することに反対していたという。しかし、それはアブドラ国王を説得するには十分ではなかった。

また英国法廷も7月から彼女と彼女の子供を保護するためにラシド・マクトム首長と彼の配下の者が彼女らに接近することを禁止する命令も出している。

当初、穏便に内輪で解決したいと図っていたラシド・マクトム首長の意向に反して事態はアブドラ国王のハーシム家とドバイのマクトム家の紛争を導く外交問題に発展する様相を呈するようになっている。

ヨルダンはサウジアラビア、イスラエル、シリア、イランと国境を接する中東の均衡を保つ重要な国であるが自然資源を産出しない国で、難民も多く在留していることから、国家の存続は外国からの支援金に多く依存している。アラブ首長国連邦からも支援金を受けている。日本も同様に支援金を提供している。

また、ヨルダンからアラブ首長国連邦には25万から30万人の移民労働者が出稼ぎに行ってヨルダンの家族に仕送りとしてお金を送っている。ヨルダンによって重要な外貨の収入源となっている。そのような状況下にあるにもかかわらずアブドラ国王は敢えて異母妹を支援する方向に動いたのである。

先ず、ハヤ妃がUAEを脱出する主要な動機としては次のような話が取りざたされている。BBCの中東専門家フランク・ガードナーは、ハヤ妃を良く知っている現地の人たちからの情報だとして、彼女の夫のドバイ首長の娘ラティファ妃(32、ハヤ妃の異母妹)が昨年逃亡を試みたことがハヤ妃に強い衝撃を与えたとしている。

ハヤ妃(Atlantic Council/flickr)

ラティファ妃は父親が手配した武装グループに捕まるのを察してか、事前にビデオを撮り、その中で彼女と家族には最低限のことでさえ選べる自由が剥奪されていることを訴えていた。そのビデオを彼女と関係をもっていた多くの人たちが見ることが出来たという。その中にハヤ妃もいたわけだ。

またその前の2000年にはハヤ妃の異母妹のシャムサ妃(19)も脱出して結局英国のケンブリッジで捕まった。ドバイ首長のこの2人の娘が捕まってから拘束されたままの状態なのであろう。その後の行方は確認されていない。ハヤ妃はこの2人の異母妹を拘束した彼女の夫に恐怖を感じるようになって国外への脱出を決心したということらしい。これまで知られることのなかったこの2人の娘のこともハヤ妃の亡命によって表面化されることになった。

ハヤ妃は英国の法廷に保護を求めているが、彼女が契約した弁護士フィオナ・シャクルトンは、チャールズ皇太子とダイアナ妃との間の離婚を担当した弁護士だ。シャクルトンはドバイ首長がハヤ妃に近づくことやメッセージや電話での接近の禁止を法廷に求め受理されている。また彼女の子供二人に纏わる決定は両親ではなく判事に委ねることを要望している。特に、長女は政略結婚させることを彼女の夫が企んでいると憶測しているのである。

一方のドバイ首長が契約した弁護士ヘレン・ワードはマドンナとの離婚でガイ・リッチーを弁護した。双方の著名弁護士への報酬などを考慮すると、この訴訟費用は450万ポンド(5億8500万円)にまで容易に到達する裁判になりそうだと憶測されている。公判は11月11日に予定されている。(参照:vanitatis.elconfidencial.com

これまで中東でどの国とも摩擦なく巧みな外交を展開して中東で仲介役を買って出ていたアブドラ国王であるが、ハヤ妃の亡命が発端となって新たな外交の展開を迫られている。

白石 和幸
貿易コンサルタント、国際政治外交研究家